初稿:2010.05.19
編集:2013.05.30
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※光ノ章の本編です

2-08【首人】


「なんじゃ、首人を見るのは初めてなのかや?」

 幼女の相貌を呈した首人は心外そうに眉を顰める。

「俺のように真っ当に生きている人間は、喋る生首に出会う機会なんてないものさ。 それよりどうだい、元老院など捨て置き、俺と永久の愛を語らう気にはならないかな?」

 エドゥアルトが軽薄に返す。 相対するのが老若問わず朱唇皓歯(しゅしんこうし)の女性とあらば、途端に弁が立つようである。 加えて、元老院の名を持ちだして相手の反応を窺う辺りが抜け目ない。

「小僧、首人に興味があるのかや?」

「まぁ……、そういうことになるのかな?」

 もっとも、本来の意図をあらぬ方向に解されては、元の木阿弥である。

「気兼ねするなや。 知的探求心を抱くことは人族が古来種に近づいた証じゃ。 誇りこそすれ、恥じ入ることではない。 ふむ、よかろう。 ここは妾が直々に“首人”の精製方法を教授して進ぜようぞ」

 首人は見事なまでの曲解振りで話を進めていく。 元々、知識の喪失を惜しまれる聖人賢者の類が、知恵の源泉・集積体足る首人になる事例からして、備えた薀蓄の披露はその本分でもあったようだ。

「先だって必要なものは、寄生植物アタナシア一株と千年樹の樹液300ml、それとザルガフトの霊薬を三錠……。 ああ、そうじゃ邪妖精の鱗粉も入り様じゃな。 そして、なにより忘れてはならぬのが血も滴るような新鮮な生首じゃ。 被体の生態活動が停止する前に切り落とさねばならぬ故、事前の了承は怠らぬようにな」

 首人は琥珀色の両眼に嬉々とした色を浮かべながら物騒なことを捲くしたて続ける。

「次は精製法に入るが―――ん、なんじゃその顔は?」

「いや、俺が聞きたいのはそういうことではなくて、元老院と首人であるアンタの関係性についてなのだが……」

 エドゥアルトは困ったように、ぼりぼりと後頭部を掻いている。 首人があまりに嬉しそうに話すので口を挟み辛かったようだ。

「なんじゃ、そのようなつまらぬことを臆断しておったのか。 確かに元老院とは因縁浅からぬ間柄じゃが、あのような石頭どもと同類扱いされるとは心外じゃな」

 首人の眉間に不愉快そうな溝が刻まれていた。

「では、処刑人が同行している理由は?」

「こやつ等は元々、妾の配下にあった者たちじゃ。 国を捨てたときに放免したが、妾の教皇庁来訪を何処で聞きつけたか、義理堅く参集しおった。 怪しい奴等じゃが見た目ほどに怪しくは無い」

 首人はしれじれと言ってのける。 そう返されては事実を確認する術のないエドゥアルトには反論の余地が無い。

「……この方の、こ言葉は……真実です」

 途切れ途切れに振り落ちる言葉。

「フィーナ!?」

 その声に誰よりも敏感に反応したのはシャルロットであった。 ミルフィーナは巨躯の異形の腕の中で、苦痛に顔を歪めながら身を起こすと、それだけを伝える。
 首人が顎をしゃくると、巨躯の異形の腕が動き、ミルフィーナが地に降ろされる。

「フィーナ……、フィーナ!!」

 シャルロットが弾かれたようにミルフィーナへと駆け寄り、涙ながらに呼び掛ける。 破れた囚人衣の下には何も身に着けていないらしく、艶かしくも引き締まった肢体が所々露出している。 酷い拷問を受けたようで、胸元と太腿に走る深い裂傷と痣痕が痛々しかった。

「身動きの出来ぬ婦女子に下卑た色欲を強要しておった輩がおったのでな。 ちと、お仕置きを命じたのじゃが。 こやつ等、手加減を知らぬ故、結果として殺めることと相成った。 元来、妾も無益な殺生は好まぬ性質なのじゃが、そなた等の同胞には些か悪いことをした」

 首人は事実を如実に述べて、素直に謝罪する。

「そういった理由なら問題はありません」

「うむ、死んで当然の輩ではあるな」

 ファティマ・イスとエドゥアルトが口々に勝手なことを宣う。

「そうか、ならば安心して本題に入るとしようかの。 シャルロット・アルジャベータ・リュズレイよ。 妾は其方に逢う為にここで待っておった」

 首人の双眼がシャルロットを諦視する。

「わ、わたしのことをご存知なのですか?」

 唐突に話題の渦中に引き摺り込まれたシャルロットが驚いたように目を丸くする。

「うむ、もっとも妾が知るのは、エレシアム・リュズレイの記憶の裡で視た幼き日の其方の姿じゃ」

「お母様……の? で、でも今は……」

 傍目にもシャルロットの身体が強張るのが見てとれた。 これは閉ざされたエレシアムの過去を知る、またとない機会である。 だが、ミルフィーナの容態を憂慮する感情が自制を促していた。

「そうじゃな、妾の不精娘は間に合いそうも無い。 ここは其方の抱く想いを優先しようぞ」

 首人が嘆息混じりに頷く。 どうやら、シャルロットの心裡の葛藤を見透かしていたようである。

「話が纏まったのならば、こんな場所に長居は無用だと思うのだが、如何かな?」

 エドゥアルトは役得とばかりにミルフィーナを背中へと担ぎ上げると、片目を瞑ってみせた。


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