初稿:2016.03.08
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※※血ノ章の本編です

4-08【姫妹】


「さて、これからどうするかだが……」

 アーブラハムが貨車の床鉄板で胡坐を組むと、プルミエールも向かい合って腰を下ろした。 アダマストル第二王女の保護は第三班副長としての責務である。 だが、今はこの荷がどこに運ばれるのか、その目的も含め確かめる必要がある。 優先すべきは任務であるが、銃騎士の本分として国家の大事に繋がる罪過を見逃すことはできない。 故に迷う。 警備隊に連絡して密輸品を押収することは簡単だ。 買受人の目的が転売であれば、それでもいいだろう。 だが、運用するつもりで入手を試みたのなら、安易に捜査の手を入れるべきではない。 他の貨車の積み荷も密輸武器なら、一個大隊に行き渡る量になる。 これだけの数の武器を個人で取り扱うとは思えない。 何らかの組織が裏側に存在すると考えるのが妥当だろう。 計画的な内偵捜査を行わない限り、全容を解き明かすのは難しい筈だ。

「しかたないですね。 プルがてつだってあげます」

「いえ……それには及びません。 プルミエール姫におかれましては、公王府で迎えの者が到着次第、公宮殿にご案内致します」

 アーブラハムが慌てて首を横に振る。 その口振りから任務は体よく切り上げるつもりだったようだ。 幸い、この煙土竜は直通便である為、途中で逃げられる心配もない。 王都到着後、信頼できる第三者に身柄を預けることができれば、お役御免である。

「こまったへーみんをたすけるのも王族のやくめです」

 プルミエールはえっへんと偉そうに咳払いをした。 王族として立派な見解だが、発動条件と確率が曖昧なので傍迷惑である。 そもそもアーブラハムはクロスメイデン王家の傍系、由緒正しき名家の生まれなので、失礼極まりない。

「その心馳せはとてもありがたいのですが……」

「うに、ありがたがりゅ……なさいでりゅ」

 プルミエールが舌足らずな口調で謎の発音をする。 舌を噛んだようで涙目だ。 そのまま数刻、少女の言い分を、巨漢がやんわり受け流すといった流れ作業が続く。 勿論、意見は平行線である。
 困ったアーブラハムは角ばった顎を擦りながら、プルミエールを観察する。 目も口も、身体もくるくるとよく回る少女だ。 密輸品の件を優先するなら、今のうちに説得するしかない。 後になって騒がれては元も子もないからである。 口が軽いかどうか以前の話で、ことの重大性を理解していない。 苦肉の策として、強制的に黙ってもらうことも視野にいれる。 頭のネジは数本飛んでいるが、明朗快活で根に持つ性格ではないと判断してのことだ。 せいぜい個人での意趣返しがある程度だろう。 つまり国家間にいらぬ摩擦が生じる心配もない。
 煙土竜が公王府に入ったことを知らせる汽笛を鳴らす。 もはや猶予は幾許もなかった。

「このアーブラハム、後に如何様な処罰も甘んじて受ける所存です」

 徐に立ち上がった巨漢が、苦渋の翳を滲ませながらプルミエールに迫る。 普段は厳ついがどこか憎めない顔が強張り、今は単純に怖い。

「な、なんですか」

「うっ……」

 少女に涙目で見上げられて、巨漢があからさまに怯んだ。 瞳が潤んでいるのは先ほど舌を噛んだせいなのだが、理由はどうあれ演出効果は抜群だった。

「やはり如何なる理由があろうとも、女子供に手をあげることはできない。 騎士道に背く、いや畜生にも劣る行為だ」

 アーブラハムが自責の念に駆られて俯く。 いろいろな意味で自分に正直な男だった。

「まったく、さっきからなんなんですか? プルはエライので、へーみんのなやみぐらい聞いてあげますよ」

「そ、その……できればその辺の木箱に頭をぶつけて、自主的に気絶していただけませんか? 密輸品に関する記憶が飛ぶと尚いい感じです」

「イヤです」

 当たり前だが、にべもなく却下された。 何事も真摯に向き合えば理解しあえる、わけもない。 無理なものは無理なのであった。 肩を落として、後ろに下がりかけたアーブラハムの足が不意にもつれる。 金属が擦れ合う甲高い音が響き、煙土竜が大きく揺れた。 慣性力が働き巨漢と少女が後方に引っ張られる。 緊急時の蒸気制動機が作動しているようだ。

「くっ」

 アーブラハムが少女を片手で抱きかかえ、荷崩れを起こした木箱の山から守る。 遅れて轟音と共に重たい衝撃が伝わった。

「ご無事ですか?」

 アーブラハムは煙土竜が完全に停止したことを確認して、腕の中のプルミエールの安否を気遣った。

「くるしゅーないけど、くるしーです」

 巨漢の丸太のような上腕と厚い胸板に挟まれて、小さな身体が苦しそうにジタバタと足掻いていた。

「おっと、これは失礼」

「まったく、らんぼーな運転ですね。 ちょっと文句いってき―――ムグ」

 立ち上がろうとしたプルミエールの腕が引かれ口元を塞がれる。 驚いた少女が太い指に噛みつくが、アーブラハムはされるがままだ。 気動車の方向から人の話す声が聞こえた。 それは怒号と悲鳴に転じて、重たい音が立て続けに響く。 静寂が辺りを支配する。 巨漢が緊張した面持ちで貨車の外に意識を向けていた。 耳をそばだてると、複数の足音が近づいてくるのがわかった。 目的は明らかだ。 恐らく最初から煙土竜を緊急停止させて、密輸武器を受け取る手筈だったのだろう。 この手法なら表面上は登録証に記載された荷が強奪されたことになる。 木箱に貼られた輸出荷印には蒸気機関部品を意味する目印が刻まれていた。 その後、盗まれた物品が疑似的に発見されれば、武器密輸の事実から捜査の目を完全に逸らすことができる。 その上、公王府に入ってしまえば、貨物駅以外で検閲を受けることもない。
 だが侵入経路に謎が残る。 煙土竜は地下鉄道である。 クロスメイデン公国全体が巨大な地下都市群であることから、路線の全てが地中を通っていた。 換気性を確保する目的で多層式の吹き抜け天井になっているが、人が通り抜けられる構造ではない。 そうなると、緊急時の避難経路を利用したことになる。 知恵も働き、行動力もある厄介な相手だ。
 アーブラハムは床鉄板に嵌った鎧羽目式の開放窓を外して通風口を開放する。 空気穴は狭かったが、子供ならなんとか通り抜けられそうであった。

「安全な場所で助けを待ってください」

 そう囁いて、無無理矢理プルミエールの身体を通気口に押し込んだ。 多少強引だが、一刻を争っているので仕方がない。 この手の襲撃者たちが目撃者を生かしておく筈がないからだ。 他国の王族が、クロスメイデン国内で命を落とすような事態だけは避けなければならなかった。

「さて、こちらも最善を尽くすとするか」

 アーブラハムは床に散らばった武器類を、慎重に空気穴から鉄路に降ろして通気口を閉じる。 それから、空の木箱を元の位置に戻すと、何を思ったか、中に入り木蓋を下ろした。 敵の人数や武装すらわからないのだ。 戦うことは得策ではない。 仮に撃退に成功して、数人を捕らえても、武器密輸の真相に辿り着くのは困難だろう。 報復を恐れて口を割らないか、端から何も知らない雇われ人という可能性もある。 もっとも確実なのは、襲撃者の手で黒幕の本拠まで案内してもらうことだ。 多大な危険を伴うが、このまま手をこまねいていても事態は好転しない。 そう考えて僅かでも先に進む選択肢を選んだのだろう。
 既に貨物扉を隔てたすぐ外側に複数の人の気配があった。

「上手くいけばいいが……」

 アーブラハムは木箱のなかで胡坐を組み瞑目する。 武具類を詰め込んでいただけあって巨漢が入っても尚、十分に空間的な余裕があった。 息を殺して、その時を待つ。 心音だけが時を刻む中、側引戸が開かれ貨車内に複数の影が伸びる。

「ドキドキしますね」

「そうです―――」

 口をあんぐり開いたままアーブラハムが言葉を失う。 さも当たり前のようにプルミエールが巨漢の膝の上に座っていた。 意識を他に削がれていたとはいえ、銃騎士隊の副隊長を任せられるほどの手練れに、ここまで勘付かれなかった少女の気配絶ちは達人の域ともいえた。 教育係やお目付け役から逃げ回る内に、無駄に磨き上げられた才能である。 まるで事態を理解していないようで、茶目っ気を帯びた笑顔をみせる。 どちらにしても既に後に退ける状況ではなかった。
 密輸武器がつまった荷が次々に外に運び出されていく。 巨漢と少女が潜む木箱も例外ではない。 内側からはどうにもならず、木蓋の留め金は外れたままだ。 アーブラハムは銃剣に手を添えて、不測の事態に備えている。 だがその心配は杞憂に終わったようだ。 用意された滑車に木箱を積み終えると、襲撃者たちの姿は闇に溶けた。


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