初稿:2016.02.21
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※※血ノ章の本編です

4-07【姫妹】


 一方その頃―――
 プルミエールはグラーゼ南門から伸びるダリアード通りを北に抜け、商業区に到達していた。 両手に串芋を持ったまま露店巡りをする姿は、完全に周囲の観光客と同化している。 ちなみに少女が頬張る屋台飯は、寒冷地特産の雪芋を蒸気釜で調理した煙街の郷土料理である。
 暫し好奇心の赴くままに、くるくる回転しながら繁華街を跳ねまわっていたが、不意に少女の足が静止する。

「はっ、プルはラグナ兄さまをさがしているのでした」

 いつの間にか兄に会いたいという欲求が、手近な欲望で上書きされていたようだ。 ナニかを悔しがるように地団太を踏んでいるが、串芋を口に運ぶ手を止めないので、どこまで本気なのかは定かではない。 一通り後悔、いや完食して満足したのか、近くの蒸気灯によじ登ってキョロキョロと周囲を見渡す。 少女の奇抜な行動は、興味本位の野次馬を惹き寄せて、小さな人垣ができあがる。

「どうやらこの街にラグナ兄さまはいないようです」

 なにをどう判断したのか、ひとつの結論に到った。 あながち間違ってはいないのだが、帰結するまでの過程が荒唐無稽だ。 その内、見廻組の警備兵まで現れて「危ないから降りてきなさい」「ヤケドするぞ」などと諭される始末である。 蒸気灯の鋼管は耐圧・耐温処理をされているが、長時間触れていれば低温火傷ぐらいはする。 事実、物見遊山な観光客の死傷事故の大半は蒸気設備絡みであった。 そんな注意喚起も聞こえていないのか聞いていないのか、どこ吹く風。 プルミエールは蒸気灯の屋根を掴んでいた手を離して、困ったように腕を組んだ。 支えを失った上半身が後方に倒れていく。 驚いた見物人から悲鳴があがる。 もっとも当の本人は慌てることもなく、支柱の出っ張りに両足を引っ掛けて落下を免れていた。

「うに、アレは!?」

 少女のどんぐり眼が見開かれる。 逆さまの視界に飛び込んだのは、煙をあげて疾走する巨大な陸蒸気―――煙土竜であった。 蒸気機関が生んだ文明の利器、飛空艇・蒸気船・煙土竜の三つは物流に関しても革新的な影響を及ぼしている。 現在クロスメイデンが比較的、裕福な国であるのは、これらの蒸気機関が経済発展に大きな貢献しているからであった。
 陸の王者、煙土竜は気笛吹鳴標識に従い汽笛を二回鳴らしてから、商業区・中央駅に停車した。 プルミエールは足を解いて宙づり状態から解放されると、身体を後方に半回転させて手近な足場―――警備兵の頭部を右脚で軽く蹴り、露店の梁の上に身軽に着地する。 そのまま転倒した警備兵をしり目にさっそうと走りだした。 その場に取り残された見物人たちは、呆気にとられて口を開けたまま少女のうしろ姿を見送ることしかできなかった。
 クロスメイデンの最南端に位置するグラーゼは煙土竜の終着駅であり、ここで転車台を用いて機回しの作業を行うことになる。 プルミエールが中央駅に到着する頃には、石炭の補給と給水も済み、王都へ向けて折り返し発進する体裁は整っていた。 駅構内の乗務員室では、運行状況の確認をした機関士が機関助士と共に定時発車に備えている。 少女は貨物の積み込みを終えた作業員の間をすり抜けて、意気揚々と先頭車両に向かう。 機関室では白髪頭の保火番が蒸気圧力の調整作業を続けていた。 歩廊から覗きこむ影に気づいたのか保火番が手を止めて顔をあげる。

「ん、なんだい?」

「プルをコレに乗せるのです」

 プルミエールがない胸を反らして偉そうに言い放つ。 いつ如何なる時も己を貫く姿は立派だが、常に方向性が迷子である。

「残念だけど、お嬢ちゃん。 コレは貨物用の煙土竜だから一般客は乗せられない。 旅客用は最終便が出ちまった後さ」

 その言葉通り、気動車の背後に連なる五つの車両は全て貨車であり、客車はみられない。 煙土竜の性能は旅客用と貨物用では些か異なる。 前者は速度を、後者は牽引力を重視した構造になっていた。 もっとも保火番は、それで話を終わらせるつもりはないようだ。 軽く咳払いをすると、

「まぁどうしても乗りたいなら、俺が口利きしてやってもいい。 だが、それには見返りってもんが必要だ。 魚心あれば水心ってやつだな」

 保火番は首を捻り、勿体ぶったように渋面を形成した。 少女の好事家好みの東方装束から、富裕層の娘だと判断したのだろう。 ひとりでうろついている理由はわからないが、いい金蔓であることに疑いようはなかった。 体よく騙くらかして金目の物を巻き上げる腹積もりなのだと窺える。 実際、プルミエールの懐は温かい。 叔母のカタリナ公女に貰ったウリクス金貨が、まだ十枚ほど残っていた。

「プルはお魚さんのココロなんてわかりませんよ」

「いや、そういうことじゃなくて袖の下……いや、平たく言えば金だな」

 遠まわしな物言いでは通じないと諦めたのか、下心まるだしで金銭を要求する。

「子供相手に裏取引とは感心せんな」

 横合いから野太い男の声が割り込む。 口を挟んだのは岩のようにごつい体格をした壮年の男だった。 黒い短髪に獅子鼻、右頬と角ばった顎に十字傷がある。 一見して裏社会で幅を利かせるゴロツキの類と見紛う風貌だが、纏っている衣装と胸元の六本槍の勲章が男の身分を証明していた。 鬱陶しそうに振り向いた保火番の顔色がみるみる青くなる。

「こ、これは銃騎士隊員の方がなぜここに?」

 保火番は三重顎から滴る冷や汗を袖口で拭いながら愛想笑いを浮かべる。 銃騎士隊は王都守護の要である。 国家の大事でもない限り、地方都市で目にすることは少ない。 何事があったのかと勘繰るのも無理はなかった。

「この便に襲撃予告があったのだ」

「ほ、本当ですか?」

「うむ、公にはなっておらんが、連日公共機関への襲撃予告が銃騎士隊の一部の班に届いておってな。 今のところ何も起こってはいない為、性質の悪い悪戯だと推測されるが……」

 巨漢の銃騎士の言葉に保火番が胸を撫で下ろす。 その口振りから、当面の被害はないと感じたのだろう。

「かといって銃騎士隊が名指しで挑発されたのだ。 無視するわけにもいかぬのでな。 こうして内密に調査を進めている」

「そうでしたか。 お勤めご苦労様です。 それで先ほどのアレですが、ほんの出来心で……」

「さて、銃騎士典範に従い、民事不介入を貫きたいところだが、目の前で怒った不義は別枠だ。 まさか公に仕える者が不正乗車をそそのかした上、金銭の要求とは捨て置けぬな。 本来なら鉄道営業法違反となるところだ」

 巨漢の銃騎士は芝居じみた大仰さを交えて腕を組む。 なぜかプルミエールも偉そうに腕を組む。 傍から見ればただの三文芝居だが、当事者間ではいたって真剣だ。

「も、申し訳ありません」

「もっとも、こちらにも都合があるのでな。 事を荒立てるつもりはない。 これから拙者のすることを黙って見過ごせば、今回の件は不問としよう」

 そう言って、銃剣の切っ先で操縦桿に括られた予備鍵を器用に絡めとる。 巨漢の銃騎士は荷積みが終わった貨車のひとつに足を運ぶと、貨物扉を開錠して車内に潜り込む。 と、大きな手が突き出て、プルミエールを手招きした。 あまり深く考えない性質なのか、少女が嬉しそうに駆け寄った。 そのまま何の疑いも持たずに貨車に乗り込む。

「ちょ、ちょっとお待ちください。 こちらのお嬢さんをなぜ?」

 わけが分からず保火番が慌てて後を追う。 明らかに前後の事情が繋がっていない。

「ん? ああ、幼く見えるがこの子はとても優秀でな。 拙者の助手を務めている」

 巨漢の銃騎士が誤魔化すようにあさっての方向を見る。 誰の目から見ても、とってつけた嘘である。 だが助け船は思わぬ、いやもう一人の当事者からだされた。

「よくわかりませんが、プルはゆーしゅーなのです。 ちなみにこの煙土竜はS-M3127J。 3500馬力で牽引力は35.5t、最高速度は時速45マイルの旧型番ですね。 機体性能は最新型と比べれば三割落ちってところです」

 プルミエールが煙土竜をばんばんと叩きながら力説する。 普段の単細胞さとは比較にならない博識ぶりだ。 アルル=モアで自前の水上艇を所持していたことからも、乗り物愛好家である可能性は否定できない。 普段は平仮名読みに聞こえる台詞にも、心なしか漢字が多めに混じっている気がした。

「あ、ああ……その通りだな」

 噛みあっているのかいないのか、微妙な掛け合いが成立する。 保火番にしても、これ以上深入りする意味はなく閉口した。 なにより、不正乗車の話を蒸し返されても困るのだろう。

「それと、このことは他言無用だ。 機関士にも伝える必要はない」

 巨漢の銃騎士が背を屈めて耳打ちする。 有無を言わせぬ物言いに、保火番が素直に頷く。 厄介事もそこそこに、早く仕事に戻りたかったようだ。 火を絶やしてしまったらそれこそ減給処分であった。 蒸気釜は鋼鉄製であるが、加熱と冷却を頻繁に繰り返すと熱応力による疲労破壊が生じる恐れがある為だ。 予備鍵を返してもらい、側引戸が内側から閉じられると、一目散に機関室の飛び込んでいた。

「それで君はなぜ煙土竜に乗りたかったんだい?」

 巨漢の銃騎士は貨車の床に腰を下ろして、少女を見上げた。 なぜかプルミエールが積みあがった木箱の上にいたからである。 小さな手で積み荷の開封をしていた。 どうやら襲撃の話を聞いて、抜き打ち査察の真似事をしているようだ。 煙土竜に乗車するために話を合わせていたのではなく、本気でなりきっている。 流されやすい性格なのか、よくわからない使命感に目覚めていた。 ただし、すぐに厭きるまでが一揃えである。

「うにゅ、これに乗れば、なんとなくラグナ兄さまのところにいける気がしたのです」

「ふむ、君にはお兄さんがいるのか」

 巨漢の銃騎士の瞳が訝しむように細まる。 記憶を精査しているようだった。 その間、そのお兄さまとやらを讃える言葉が、雨あられと頭上から降り注ぐ。 暫くすると、一通り話し終えて満足したプルミエールが、ぴょこんと床に正座した。 少女の目線が動き、壁に立てかけられた銃剣をしげしげと観察する。

「それはジューケンですか?」

「よく知っているね。 他国では珍しい武器なのだがね」

「ユイユイがそーゆーの持ってます」

 プルミエールが笑顔になる。 褒められると嬉しいようだ。

「ほぅ、アダマストルに銃器を製造できる技術者がいるとは初耳だな」

「んー、なんでプルのお国がわかったのですか?」

 馬鹿でも違和感に気づいたようだ。 これだけの会話で相手の口からアダマストルの名がでるのは、さすがに不自然であった。

「どうやら口が滑ってしまったようだ。 いや、隠していても仕方がないですな。 拙者の目的はアダマストルの第二王女であらせられるプルミエール姫の保護です」

「プルをつかまえる気ですか」

 プルミエールが座った姿勢から一挙動で背後に飛び退いた。 可愛い八重歯を剥きだしにして威嚇する。 心なしか二括りにされた金髪が逆立っているようにみえた。

「先ほどの口振りに、その反応。 無理やり連れ去られたというわけではないようですな。 聞いていた話とだいぶ事情が違うようだ」

 銃騎士隊には、政務部よりアルル=モア公国からオルカザード家に関する手配書と共に、情報提供の呼びかけがあったと伝えられている。 現時点では公にできない内容らしく、公王直属の精鋭部隊である銃騎士たちが極秘任務にあたっていた。 無論、この男の本来の任務もオルカザード家に関する事案だ。 だが、先ほど保火番に話したことも全くのでたらめではない。 銃騎士隊にその手のタレコミがあったことは事実である。 もっとも、かなり漠然とした内容で、煙土竜の襲撃に関しても時間や場所の指定はなかった。 悪戯に世間を騒がすわけにもいかず、手をこまねいている状態だった。 要するに事実半分口八丁でプルミエールに接近したことになる。

「だましましたね」

「そうとられてしまうのも致し方ないでしょうな。 ですが今更降りることは不可能です」

 巨漢の銃騎士の言葉に応えるように汽笛が響く。 力強い振動音と共に、煙土竜がゆっくりと動きだした。 貨物車が大きく揺れて、プルミエールが封を破った木箱のひとつが崩れ落ちる。 それは丁度、睨みあう両者の間にぶちまけられていた。

「うにゃっ、あぶないですね」

「これは……」

 貨物車の床上に大量の武器が散らばっていた。 今まで余裕の色を崩さなかった巨漢の銃騎士の顔色が、目に見えて蒼白くなる。 その様子をプルミエールが眉根を寄せて訝しんだ。

「どうしたのですか?」

「まさか、また……」

 立ち上がった巨漢の銃騎士が他の木箱を調べる。 大部分は刀剣の類だが、一部に黒色火薬が詰まった擲弾なども見つかった。

「プルをムシするなです」

「……我が国では兵器類は全て自国製で、市場での取引は禁止されています。 そして、これら武器は明らかに密輸入されたものです」

 幾分、落ち着きを取り戻した巨漢の銃騎士が大きく息を吐いた。
 西大陸で武器の取引など珍しくもない。 大抵の国が武具に関する自由貿易協定を結んいるからだ。 アダマストルでも商人組合に所属して一定額の上納金を納めれば販売は自由である。 だが、ここクロスメイデンでは些か事情が異なった。 九年前に勃発した地方貴族の反乱を鎮定後、国法で武器の輸出入を全面的に禁止したのだ。 現時点で国内に流通する全ての武器には、登録証代わりに四桁から八桁の数字が割り振られている。
 誰が何のためにこれだけ大量の武器を入手しようとしたのか。 現政権の統治体制へ不満を持つ者が政変を企てている可能性もある。 苦い記憶が過り、巨漢の銃騎士の精悍な相貌に一瞬だが暗い陰が差す。

「なるほど、よくわかりません。 そんなことより何者ですか?」

 話についていけなかったらしく、プルミエールが話題を切り替えた。

「そういえばまだ名乗っていませんでしたな。 拙者はクロスメイデン銃騎士隊・第三班の副長を務めるアーブラハム・ザクセンと申します」

 巨漢の銃騎士―――アーブラハムはその風貌からは想像できない柔らかな物腰で一礼した。


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