初稿:2015.10.25
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※※血ノ章の本編です

4-05【屍妹】


 ―――ここは白煙の鉄輪亭

 屋号に相応しく金属製の合板と鉄骨を組み合わせた無骨な造りの宿酒場である。 一階の酒場兼食堂は鉄と汗と安物酒を三種混合した悪臭で混ぜ返っていた。 土地柄もあり大半の客はグラーゼの炭鉱夫だが、喧騒を避けるように設置された壁際の円卓席は帷幕で遮られた半個室になっており、ちらほらと屍族の姿も確認できた。 その一角に場違いな二人組が陣取っている。 真紅のドレスと東方風の衣装をそれぞれ纏った屍族と人族、ふたりの少女が向かい合って腰を下していた。
 仏頂面の少女屍族が空になった硝子杯を円卓に置いて正面を睨む。 視線の先、睨まれた当人は気にした素振りもみせず、バケモノ染みた胃袋で注文した料理を次々に平らげていく。
 不本意にもラグナウェルと別行動となったラールウェアとプルミエールである。

「アンタ、すっかりお義兄さまにご執心のようだけど、シャルロットちゃんのことはもうどうでもいいわけ?」

「プルは―――モグモグ……本物の兄さまにめぐりあえて―――ガツガツ……真実の愛に目覚めたのです!!」

 器用なのか不器用なのか、プルミエールは巨大な骨付き肉に喰らいつきながら喋る。

「それにシャル姉さまはシャル姉さまなので大丈夫です」

 続けてよくわからない解釈を付け加えた。
 当初、ラールウェアもプルミエールの豹変振りには舌を巻いていた。 近親姦の気でもあるのかと疑ったが、よくよく当人の話を聞いてみると執着する人間に偏りが窺えた。 母方の血縁者、しかもより母親に近しい存在に執着しているようだった。 何の事はない、アダマストル第二王女の生い立ちを考慮すれば簡単な理屈だった。 赤子を残して出奔した母と残された子、母の愛に飢えた心が間違った方向に暴走しているのだろう。

「あっそ」

 もっともラールウェアにしてみれば理解したところで、はた迷惑な現実に変わりはない。 偏愛の出自が明らかになっても、矯正に応じるような相手ではないからである。 そもそも近親婚を続けて血脈を固持し続ける屍族が、人の世の倫理を説くのもおかしな話だろう。

「それじゃあ、いきますか」

 運ばれた料理を粗方胃袋に詰め込んだプルミエールが意気揚々と立ち上がる。 勢いあまって倒れた椅子が背後で派手な音を立てた。

「何処によ?」

「そんなの決まってます。 ラグナ兄さまのところです♪」

 当然とばかりに無い胸を張る。 無邪気な笑顔も利害が対立すると邪気に溢れてみえた。

「アンアタねぇ……。 アタシの話を聞いてたの?」

「聞いてませ―――んにゃ」

 更に大きく胸を反らしたせいで体制を崩して尻餅をついた。 明らかに食べ過ぎが原因だろう。

「不本意だけどアタシと馬鹿プリはここでお留守番。 一日待ってお義兄さまから何の連絡もなかったら一旦ここ(地下都市郡グラーゼ)を出てオルカザード領まで退くわよ」

 尾行者が敵か味方かもわからない以上、プルミエールを連れ歩くのは危険である。 ラグナウェルもそう感じたから自ら囮となり、二手に分かれる選択をしたのだろう。 勿論、ラールウェアも周囲への警戒を怠ってはいない。 注文が済むと千年蟲毒の“奏羽蟲”を円席を囲むように飛ばしている。 “奏羽蟲”は鮮やかな体色に彩られた小型の羽虫である。 その特筆すべき習性は、周囲の物音と逆波形の羽音を発して外音を相殺することだ。 もっとも完全な無音空間を再現するのではなく、今は遮音壁の役割を担っている。 幻覚・催眠など対象の精神に訴える“プルガトーリオ”と称される『冠』体系の屍霊術にも似たような術式が存在したが、ラールウェアも店内で術を行使して注目を集めるほど愚かではない。

「むぅ……なんですか、さっきからえらそうに、まずは名を名乗りなさいです」

「まさか……ここまで一緒に行動しておいて、アタシの名前覚えてないわけ?」

「しらないです」

 倒れた拍子に両足が椅子の脚に引っかかり大股開きの姿勢でジタバタしているプルミエール。 東方衣装の前垂れが捩れて純白のショーツが丸見えである。

「ホント、ナメクジ並の記憶力ね」

「褒めてもナニもでませんよ」

 どうにか立ち上がったプルミエールが微かに頬を朱に染めてもじもじする姿に、ラールウェアのこめかみがひくつく。

「ま、まぁいいわ。 よく覚えておきなさい。 アタシはラールウェア=オルカザード。 魔術師の血統アルカナを継ぎし偉大なるオルカザードの―――って、マテぇぇぇい」

 ラールウェアの右手が名乗りを無視して歩き出したプルミエールの首根っこを背後から掴んだ。 そのまま強引に着席させて対峙する。

「アンタ……アタシの名乗りを最後まで聞くつもりないでしょ?」

「しつれいですね。 プルは覚えたくないことは訊いても聞こえない主義です」

 合理的な非効率である。 高名な学者の口から発せられたなら哲学的なナニかと勘違いするかもしれない。
 もっともラールウェアにしてもラグナウェルの後を追いたい気持ちは同じである。 ただ目前の馬鹿娘と同列に思われたくない一心で、努めて冷静に振る舞っているだけだ。

「まぁ聞きなさい。 ここはひとつお互いの利益の為に共同戦線を提案するわ」

「キョウトウセンセイ?」

 よくわからない単語が飛び出したが、ラールウェアは無視して続ける。

「このままお義兄さまの後を追っても不興を買うだけ。 でもアーネル―――て言ってもどうせ覚えてないか」

「あの赤い髪の人ですね」

「なんでアタシの名前は覚えていないのに、大して絡んでもいないアーネルのことは覚えているのよ」

「なんとなくです」

 身を乗り出したラールウェアに得意げな鼻息が吹きかかる。

「くっ……ま、まぁいいわ。 そのアーネルの抜け駆けだけは許せないわ」

 話がややこしくなりそうなので反論をぐっと堪えて話題を戻す。 咳払いをしたラールウェアはできるだけ向かっ腹の対象を視界にいれないように瞳を閉じた。

「(このままじゃお義兄さまは確実にご自分の屍血姫にあの女を選ぶもの。 それだけは阻止しないと」)」

 手駒として有用なアーネルを殺すわけにはいかない。 だがこれ以上ラグナウェルの傍らで大きな顔をされるのも癪に障る。 故にどうにかアーネルの信用を失墜させる方法を考えなければならなかった。 それには過去のしがらみから警戒されている自分よりも、人族であるプルミエールを利用するのが適当である。

「どうせ理解できていないだろうから、馬鹿プリにもわかるように説明してあげる。 よーするに、このままじゃアタシたちのお義兄さまがあの女に横取りされかねないってこと。 極めて由々しき事態よ」

 流石にラグナウェルのこととなると真剣に話を聞いているようだ。 口答えがないことに満足したラールウェアは瞑目したまま語気を強める。

「そーゆーわけだから、お義兄さまからあの女を引きはがすために手を貸しなさい」

 びしっと正面に人差し指を突き付けて瞳を開けた。 だがそこにプルミエールの姿はない。 慌てて視線を廻らすと、酒場宿出入り口の発条式扉が大きく揺れていた。 状況を分析するまでもなく、プルミエールが逃げ出したのは明らかである。

「あの馬鹿娘ぇぇぇぇ! 血ぃ全吸いでコロス!!」

 ラールウェアの怒号が“奏羽蟲”の羽音に空しく相殺された。


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