初稿:2013.04.30
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※※血ノ章の本編です

4-04【接触】


 ひとりは年の頃、十四、五歳の華奢な少年。 腰まで届きそうな亜麻色の長髪を、極彩色の羽飾りでひと括りにしている。 その隣には、長大な銃槍を背負った二十歳前後の黒髪の青年。 こちらは長身に整った体躯の持ち主であった。 そして、なによりラグナウェルの目を引きつけたのは、両者が纏う青地の後外套―――

「クロスメイデンの銃騎士か」

 そこにはクロスメイデンの国章である白鷲と交差する七本の槍が刺繍されていた。 同公国は神都の聖堂騎士団やアダマストルのアルジャベータ守護騎士団と並び、大陸屈指の銃騎士団を組織している。 騎士等級は紋章に描かれた槍の数で区分され、なかでも最上位の七本槍の銃騎士は、公王直属の精鋭部隊であった。 彼らは“契剣の七使徒”の異称で列国に名を轟かせている。

「ねぇ、イングヴェイ。 このふたりと遊んだらとても楽しいそうだよ。 殺っちゃおう」

 栗髪の少年が場違いに明るい声で提案する。 もっとも、その内容はえげつない。

「却下だ。 そんな命令は受けていない」

 銃剣の青年が鋭く批判する 。

「俺は一向に構わないぞ。 お前のように小生意気なガキをぶちのめすのも嫌いじゃない」

 ラグナウェルが栗髪の少年を挑発するように指で誘う。

「へーお兄さん話がわかるね。 でも、僕にはヨハン・エルク・マルケリウスっていう名前があるから、変な呼び方はやめて欲しいな」

 ヨハンと名乗った少年は、軽口を叩きつつ無造作にラグナウェルとの距離を詰めていく。
 と、両者の間合いが重なる寸前、少年は前に踏み出そうとした力を利用して、そのまま背後に飛び退く。 その動作とほぼ同時に、鼓膜を震わす轟音と共に石片が舞い散った。 少年のすぐ前方の石畳に大穴が穿たれていた。

「残念だけど今はダメみたいだ。 イングヴェイを怒らすと後が怖いしね」

 ヨハンが背後を振り返る。 自分に向けられた銃槍の先端から白煙が立ち上っていた。

「連れが失礼した。 わたしはイングヴェイ・クロイツ。 察しの通り、我らはクロスメイデン公国直属の銃騎士隊の一員だ。 単刀直入に問おう、貴公らは、オルカザード所縁の屍族に相違ないか?」

「なぜ、そう思う?」

「貴公らが囮になり逃がした銀髪の少女に見覚えがある。 名は確かラールウェア=オルカザード。 数年前、王の守護役として公宮で対面している」

 イングヴェイは事実だけを羅列して言葉を紡ぐ。

「それでオルカザード家に何の用がある?」

 ラグナウェルは肯定も否定もしない。 だが、それは相手の言葉を暗に認めている結果となった。

「貴公等を公宮に招待したい。 これは非公式ではあるがクロスメイデン王室からの打診である」

「ふん、まるで俺たちがこの街を訪れることを予め知っていたかのような口振りだ」

 ラグナウェルが吐き捨てる。 顔の見えない相手の手のひらの上で踊らされているようで癇に障ったようだ。

「アルル=モア公女から急使があった。 内容は貴公たちのほうが詳しいだろう」

「なるほど、国境検問がザルだった理由がようやくわかったよ」

 メナディエル正教圏で屍族が身を潜めるには、クロスメイデンをおいて他にはない。 仮にオルカザード領に戻るにしても、同公国を抜ければ最短距離である。 迂回路もあるにはあるが、屍族を異端者とするアダマストル公国かガザルフォード公国を経由しなければならない。 結局、全ての要素が、この道を選択する起因となっていた。

「それで体よく捕縛して、アルル=モアに恩でも売るつもりか?」

「我々の目的はアルル=モア公国の私事とは無関係だ」

 イングヴェイはラグナウェルの心裡を見透かしたように首を横に振る。 他国とはいえ、王族の拐取を私事と片付けてしまう辺り、豪胆を通り越して辛辣であった。 隣国との関係より、オルカザード家との会合を優先するなど常識ではあり得ない。 つまりそれだけ切羽詰った理由がクロスメイデン側にあるのだろう。

「それを信じろと?」

 ラグナウェルが鼻で笑う。

「会って欲しいお方がいるのだ。 差し支えなければ、オルカザード家のご令嬢に取り次いで貰えればあり難い」

「なら本人が直接この場に来ればすむ話だ」

「わけあって、それは叶わないのだ」

 イングヴェイの顔に苦渋の色が宿る。

「随分と回りくどい物言いだな」

 ラグナウェルも先方の目的に薄々と感づいたようだ。
 話を聞く限り“会って貰いたい人物”とは、クロスメイデンの王族、またはそれに近しい有力者であるのだろう。 そして、その人物には動きたくても動けない理由がある。 となれば十中八九、オルカザード家に伝わる千年壺毒(蠱毒)と呼ばれる太古の秘法の助けを欲していると考えるのが自然だ。 同家が現代では完治不可能な病巣を取り除く為に、蠱道を用いた治療を行っていることは列国の王侯貴族の間では有名な話だからである。 もっとも全ては推測の域をでない。

「ラグナウェルさま、この話お受けしましょう」

 押し黙っていたアーネルが唐突に口を開く。

「理由は?」

 ラグナウェルは視線を傾けアーネルに訊ねる。 この赤髪の娘屍族は常に犀利で明哲だ。 日頃から口数は少ないが、発する言葉は常に正鵠を射ている。 野放図が服を着て歩いているようなラグナウェルが、行動の指針を委ねる数少ない存在であった。

「クロスメイデンはノルドの失われた技術のひとつである蒸気機関の発掘と復元に成功しています。 上手くことを運べば、玄室の封印を解く術が見つかるやもしれません」

「なるほど、確かに合理的だ。 ……さっきの話了承しよう」

 ラグナウェルは腕を組み僅かに思案した後、イングヴェイに視線を戻して誘いを受ける。

「貴公たちの期待に添えられるとは限らないが?」

 イングヴェイは会話の流れから交換条件を持ちかけられると判断したのだろう。 王の了承なしに、判断できないことを婉曲に伝える。

「構わんさ。 だが、ラールを呼ぶ必要はない」

「それはどのような意味で申されている?」

 イングヴェイはラグナウェルの言葉の意味を図り損ねているよだ。

「俺はルドルフ・オルカザードの息子だ」

「貴公が? しかし、ルドルフ公に令息がいたという話は聞いたことがない。 それを証明できるのか」

 イングヴェイが不審げに眉をしかめた。 ラグナウェルの出生は聖アルジャベータ公会の高位聖職者と、それに関わった王族のみが知ることだ。 分派で、しかも対立する白十字教圏にあるクロスメイデン公国内で内情に通じる者は皆無だろう。
 ラグナウェルも十分それを承知しているようで、

「実証してもいいが、死人がでることになるな」

 薄闇のなかでラグナウェルの紅眼が獰猛な血光を放つ。 その言葉には同意を求めるというより、嘲るような調子があった。

「その屍族のお兄さん、嘘は言っていないと思うよ」

 ヨハンがどこか嬉しそうに白い歯をみせていた。 ラグナウェルの鬼気をあてられて萎縮するどころか、興奮しているようだ。

「わかった。 貴公等が並みの屍族ではないことは理解できる。 その言葉を信じよう」

 少し間を置いて、イングヴェイは肯首した。


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