初稿:2011.04.02
編集:0000.00.00
<< 前の話   次の話 >>
※ラグナウェル編の序章です

0-00【夜娘】


 ―――死

 深い深い闇の底。
 深淵に存在する彼の命は、確実に死の影に蝕まれつつあった。

 ―――俺は……ここで、死ぬのか?

 屍族と人族の混血児たる彼にとって、安住の地など世界の何処にも存在しなかった。
 “生”を憎悪し、己に欠けた何かを満たす為に“死”を捧げる日々。

 ―――端から生きる意味などなかった

 永い間、頭の中に居座っていた馬鹿げた妄執が、時間の経過と共に風化していく。 しかし、それは同時に心底に刻まれた決して消えることのない記憶をも浮き彫りにしていた。

 ―――ま、まだだ

 肉体を侵食する冷気を拒絶するように、命の残照たる残り火が彼の両眼に宿る。

 ―――まだ……死ぬわけにはいかない

 冥く歪みきった衝動が彼の命を現世に繋ぎとめる。

 ―――た……全てに……復讐を……

 穢れた魂が呪詛の咆哮を放つ。

 ・
 ・
 ・

 刹那、何処からともなく“夜”が生まれた。
 一糸も纏わぬ蒼白い肢体が、骸となった彼のもとに降り立つ。

「あはっ♪ あはははは……やっとみつけた」

 狂ったような、おどけたような笑い声。
 “ソレ”は全てを包み込む聖母の表情で、目の前の屍を愛しげに見下ろす。 掴みきれなかったナニかを求めるが如く、見開いたままの両眼に色はない。 死体の至るところから蛆がわき、“彼”の命がこの瞬間まで生き長らえたこと自体が、驚嘆の域に達しているといえた。
 辺りに漂う朽ち果てた空気は、生物がこの場に止まる事を許してはいなかった。

「……」

 夜に咲く華が音もなく揺らぐ。

「還ってきて……そこは貴方の在るべき場所じゃない」

 まるで、あらかじめ定められていた儀式を遂行するかのように、骸となった彼にそっと口付けをする。

「貴方はアタシのモノなのだから」

 詠うように呟く。

 ・
 ・
 ・

 長い夢をみていた。 この夢は覚めることがあるだろうか?


<< 前の話   次の話 >>