初稿:2013.07.15
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※月ノ章の本編です

4-06【真因】


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 偉大なる母より馬鹿娘へ

 黄泉の手向けに、其方の馬鹿面でも拝んでおこうと考えておったが止めることにした。 妾のお膳立てを全て無駄にしおって、相も変らぬ愚鈍振りのようじゃしな。

 乳離れできぬ其方のことじゃ、今猶、妾のことを探しておるのじゃろう。 じゃが、妾が被った災厄を己の積と考えておるなら、ここまでにしておけ。 其方の存在に因らず王国の騒乱は予知されておった。
 近年、相次ぐ不自然な世界の変遷は、全て仕組まれたものじゃ。

 端役では、動きだした歴史の奔流には何の影響も与えることはできぬ。 せいぜい目に見えぬ傍流に絡め取られる程度。

 それを知った上で尚、妾の後を追うつもりなら覚悟せよ。 其方が身を窶す安穏な流れも、いつしか冥く血に塗れた本流へと到るじゃろう。

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 全ては妾の咎。
 聖女アルジャベータの姿をこの目で見て理解した。 十七年前、未来を託した陽だまりに憑いた闇の正体を。 穢れた神降ろしの血は、祟神の依り代と成り果てた。
 どのようなカタチであろうと妾の手で終止符を打たねばならぬ。

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 ミュークは青年より手渡された羊皮紙を閉じると、静かに瞑目する。 見えざる手が歴史を動かしている。 それだけなら取り立てて騒ぐようなことではない。 元より人の世は権力と利権の配分によって成り立っている。 顕世に身を置く者は、世界の調和を司る天秤を一定の範囲で揺らし続けることで利を得るからだ。 もっとも恐ろしいのは、常世を在り所とする者が世界の舵を握ることだ。 だが、“祟神”とはいったい何を指すのか? 確かな証左もなく憶測を重ねることはできない。 青年に向き直ると、更なる情報の提示を要求することにした。

「それで母上に関して他に知っていることはないのかや?」

「長くなるがいいかな?」

「うむ、差し支えなければ伺いたい」

 ミュークは青年に椅子を勧めてから、表情をおさえて対座した。
 青年の口から語られた内容は俄かには信じられないものだった。 アルフォンヌとの出会いから始まり、神の島タルタロスに住む不思議な屍族が語った真実。 まるで吟遊詩人の調べのように流麗な言葉が紡がれていく。 果ては、聖剣戦争の英雄であった聖女アルジャベータから神剣アンネシュティフを譲り受けた逸話まで。 事のあらましを理解する内に、己を取り巻く状況が一本の線で繋がりつつあった。

「そういえば、首人殿は、シャルロット姫の命が狙われていることを、予め知っていたような節があったな」

 エドゥアルトもミュークの表情から何かを察知したのだろう。 私見を添える。
 途端、ミュークが狂ったように笑いだした。 合点がいった。 手紙の冒頭に記載された“お膳立て”という単語にである。
 商王との出会いも偶然のものではなかったのだ。 全てはシャルロット姫を守る為に、アルフォンヌによって仕組まれていたのだろう。 そう考えれば、直接の交渉役だった仮面の男が、血統アルカナ“女教皇”の秘匿されたチカラの存在を知っていたことにも頷ける。 老獪な母親に一杯食わされたのだと理解すると、今度は段々と腹が立ってきた。

「ワチキの苦労もしらず、あの放蕩モノめが!」

 衝動のまま、手紙を握りつぶそうとした瞬間、羊皮紙は炎となって小さな火花を撒き散らした。 驚いたミュークが慌てて羊皮紙を手放すと、黒こげになった紙辺が四散する。 手紙を破いたり丸めたりしようものなら、焼失するように術を施してあったのだろう。 全てを先読みした上での、手の込んだ悪戯である。

「必ず見つけ出して、一泡吹かせてみせる」

 どうやら探し出す理由が、罪滅ぼしから一発ぶん殴ることに変わったようだ。

「止めはしないが、今ならまだ引き返すことも出来る」

 エドゥアルトが遠回しな物言いをする。 大方、手紙の内容を盗み見ていたのだろうが、非難する気にはなれなかった。 自分が青年の立場なら同じ事をするだろう。 寧ろ抜け目ない立ち回りに感心するぐらいだ。

「要らぬ気遣いは無用じゃ。 手紙の有無に関わらずワチキの心は既に決まっておった」

「本当にいいのかい?」

「くどいぞ、教会との協定は成立した。 口約束とはいえ、一度交わした約定を違えるつもりはない」

 ミュークはきっぱりと断言する。 母の言葉が真実ならば、全てはひとつの因果が引き起こした悲劇である筈だ。 複雑に縺れた糸を解きほぐすように、己の為すべきことを為すことが、アルフォンヌの元に辿り着く最短の道だと気づいていた。 恐らく母との今生の別れは、その時であろう。 そんな予感があった。

「それならいい、ついでに首人殿から直接の託も頼まれている。 『努々忘るることなかれ。 定められた運命を変えるのは、物質的なチカラではない。 其方が継承した女教皇の能力は、どのような剣よりも強大な武器となろう』だとさ」

「母上がそのように?」

 アルフォンヌから血統アルカナについて助言されたのはこれが初めてだった。

「ああ、俺には何のことかさっぱりわからんが、アナタがシャルロット姫と共に歩く道を選んだなら、そう伝えてくれと仰っていた」

「そうか」

 ミュークは胸にためた息をゆっくり吐き出すと、唇の端に笑みを浮かべた。 ようやく、わかった。 確かに愚鈍な娘であったと自覚した。 あの時、死を覚悟した母が自分に何を求め期待したのか、やっと理解できたような気がした。 屍族と人族が手を携えて歩む世界―――成し得なかった夢の実現を、アルフォンヌは未来を選び取るチカラと共に子へと託したのだろう。 “女教皇”の血統アルカナは、他人の心や記憶を覗き見る能力である。 数千年に渡って世界を見定め続けたアルフォンヌが示した道を進むことに、躊躇いなどあろう筈もなかった。

「ヒ、ヒトが……死に掛けている時……に、随分と……た、楽しそうですわね」

 恨めしそうな声に振り返ると、黒羊の毛布を頭からすっぽり被ったユイリーンが扉の前で蹲っている。 小刻みに震える小さな手が、木扉の下枠に空けられた通気口に敷布を詰め込んでいた。 少しでも、室内に忍び込む冷たい隙間風を遮ろうとしているようだ。 ミュークが部屋を見渡すと、いつの間にか両開きの硝子窓も紗布で覆われている。 話に夢中で気づかなかったが、地道な努力は続けられていたようだ。
 少女は一仕事終えると、覚束ない足取りで着席したふたりに向き直る。

「それに、わたくし抜きで……話をまとめるなんて、納得いき……いきませんわ」

 面倒なことになりそうだと危惧したがその心配はなかった。 ユイリーンはその場でぶるりと震えると、

「ももも……もっとも結果が同じなら、や、やり直しを要求するほど……暇人でもありません。 さ、さっさと話を切り上げますわよ」

 歯の根があわない声で了承の意を付け加えた。 最初から賛同すれば済む話なのだが、場を仕切らねば気が済まない性格なのだろう。

「先だっては朝一番で防寒着と雪靴を買い揃えねばならぬな。 ワチキは問題ないが、人族はそうも行かぬようじゃ」

「そ、そうですわね。 それ、それじゃあ、わたくしの防寒具を……み、見繕う名誉を……アナタに授けましょう」

 ミュークの視線に気づいたユイリーンが体裁を整える。

「それは光栄の至り」

 ミャークが茶化したように答える。 成り行きで小間使いを命じられたが、腹が立つことはなかった。 機嫌を損ねていないか、毛布の隙間からチラチラと此方を伺う小動物のような仕草に好感を覚えたからだ。

「確かに人族は面白い。 母上が先代の聖女に未来を託したように、ワチキはその子供たちに―――いや、リュズレイの姫君たちと共に世界を紡いでみせよう」

 自分でもらしからぬ台詞だった。
 ユイリーンは不思議そうに、エドゥアルトは小さく微笑んでミュークを見つめていた。

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 悲劇をなぞらえはしない。 託すのでなく、共に歩み見出そう。 未来へと繋がる扉を。


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