初稿:2013.06.23
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※月ノ章の本編です

4-04【出立】


 出航は明後日となり、バルバロトとアリエッタは旅支度をする為に常駐宿へと帰っていった。 翌朝テーベ・ミトラ噴水広場で落ち合い、公国の用意した馬車で教皇庁への連絡船が停泊する港町ワールへと向かう予定だ。
 ミュークが水面の銀月亭に戻ると、カタリナ公女の使者と名乗る人物が待っていた。 持参した公の書簡と共に、ウリクス金貨の詰った革袋が手渡される。 遠征に掛かる費用は、公費で賄って貰えるようだ。 断る理由―――いや、余裕がないので素直に受け取る。 ミュークは退室する使者に、老公女の恩意に対する感謝の意を託して見送った。
 天蓋付きの豪奢な寝台に身を横たえると、自然に笑みが洩れる。 革袋の中には公王印の刻まれた親書が添えられていた。 そこには、レムリアがアルル=モアの宮廷魔術師に弟子入りを志願したこと。 そして暫くの間、双子を公宮で預かることになった旨が記載されていた。 双子がミュークの許しを得ずに行動に移るなど初めてのことだ。 心配がないと言えば嘘になるが、出来る限りその意思を尊重してやりたかった。 同公国は西大陸で唯一、術式兵団を組織している国家である。 得るものも大きいだろう。 これをきっかけに双子が大きく成長してくれるなら、腕一本失ったことも、痛くはないと思えるから不思議だ。

―――ひとりで笑っていると傍目には気持ち悪いよ

 心地よい感慨をぶち壊す無粋な声が、ミュークの頭の中に直接響く。 驚きから、息を詰らせた。

『い、いきなり湧いて出おって、どういうつもりじゃ!?』

 ミュークはきまりの悪さを糊塗するように、声の主に強めの思念を送った。 今の今まで契約した夜の意志―――インクル・ノス・クルンに全てを覗かれていることを失念していたようである。

―――ヒドイ言い草だね。 まるでボクを幽霊みたいに……あれっ? 合ってるのかな。 まぁいいや、大灯台でチカラを使いすぎちゃったからね。 意識を象ることも困難だったんだ

『精神体にも疲れなどという概念が存在するのかや?』

―――それはちょっと違うな。 今まではボクの声が聞えないぐらい、ミュークお姉さんが消耗していたってことだよ。 契約者とその夜の意志は一心同体だから、ミュークお姉さんが消耗すれば、ボクたちもチカラを失うことになる

 初耳である。 ミュークは血統アルカナ“女教皇”の正式な継承者ではない。 故に、契約した夜の意志との接触は、このインクル・ノス・クルンが初めてなのである。 知らなくても仕方がないだろう。

『なるほどの、ワチキの方に原因があったわけか。 じゃが、わざわざ憎まれ口を叩く為にでてきたわけじゃなかろう?』

 子供染みた性格とはいえ、仮にも二十二家に伝わる夜の意志である。 徒に接触を望むとは思えない。

―――うん、その話だけど、ずっと不思議だったんだ。 あのレムリアって子の記憶を消してしまえば、そんなに寂しい思いをせずに済むんじゃないのかな?

『な、なにを申す。 これは、子の行く末を憂う親心のようなもので……』

 想定外の言葉だった。 いや、助言そのものは想定内である。 問題は、心の奥底を看破されたことに対してだ。

―――ボクはミュークお姉さんのなかで独立した意識を保ってはいるけど、宿主の感情ぐらいは読み取れるんだよ

「う……あ……ええい、ああそうじゃ、寂しくて何が悪い! どうせワチキはいつまで経っても半人前じゃ!!」

 会話から理性がいち早く退出すると、内心の動揺のみが一人歩きを始めていた。 ミュークは羽毛枕に顔を埋めながら、イヤイヤするように身を捩っている。 思念を読み取られることはあっても、秘めた感情まで筒抜けとは考えていなかったようだ。

―――アハハ。 ホント、ミュークお姉さんを継承者に選んで正解だったよ。 ベルムード三世は打っても響かない堅物でつまらなかったからね

「……情緒不安定で悪かったの」

 からかわれているのを理解したミュークが途端に不機嫌になる。 だが、ふと我に返る。 室内でただ独り舞台稽古でもするように、喜怒哀楽を体現する自分の姿は、さぞ滑稽なことだろう。 自然に頭が冷えた。

『先ほどの提案は残念ながら却下じゃ』

―――どうして?

『レムから件の記憶を消しても、ワチキが右腕を失った事実がなくなるわけではない。 余計な心配をさせた挙句、事態を悪化させるだけじゃ』

 先人の言葉にもあるが、人の口に戸は立てられない。 その場しのぎに問題を先送りにすれば、当人をより深く傷つけることになる。

―――そこはアレだよ。 口裏を合わせて、失った腕は転んだ拍子にとれちゃったとか

『ワチキは子供の玩具ではないぞ』

―――ま、冗談はおいといて、確かにボクが浅はかだったみたいだね。 で、思慮深いミュークお姉さんは、あの大きな兎をどう思う?

 インクル・ノス・クルンが唐突に話題を変えた。 どうやらこちらが本題のようである。

『恐らく、巨人族の生き残りじゃろう』

 伝え聞く巨人族の様相とは若干異なるが、ミュークはそう結論付けた。 ポゥ技師が失われた技術について触れたこともひとつの要因である。 少なくとも、四大古種族であることは間違いないだろう。 外見から人族の祖先とされる有角族の線は除外される。 妖精族は南大陸の古代樹海に結界を張り、世界樹の守護者となり自然と共に生きる道を選んだ。 今更人里に現れるとは考えづらい。 要するに単なる消去法である。

―――なんだ知っていたのか

『遺跡の封印を解いたのも、あの者じゃろう。 なぜアルル=モア公国に身を置いているのかはわからぬが、何か大きな決意を秘めておるとみた』

―――それは女教皇の血統アルカナのチカラ? それとも大屍族の勘かい

『どちらでもない。 なんとなくじゃよ』

 ミュークはゆっくり瞳を閉じてから、「母上と同じ目をしておったからの」と、付け加えた。 樫の大樹のように揺ぎなく、それでいて春の木漏れ陽のように全てを受け入れた瞳。 全てを見透かされているようで、ミュークには終ぞ向き合うことが適わなかったものだ。 その思念が伝わったのか、夜の意志の追求はない。 沈黙が満ちると、ミュークが眠りに落ちるまで大した時間を要しなかった。

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 数刻後、ミュークは夜も明けきらぬ内に目を覚ました。 人族ほど睡眠を必要としない屍族には十分過ぎる休養だった。 気の利いた給仕の勧めで湯浴みを済ませ、これまた気前良く用意された上質の肌粉を皮膚に塗りこんで陽光対策を施す。 身支度を終えて宿を出ると、冷たさを増した空気が火照った体に心地よかった。 青白く輝く夜光雲が次第に暖色を滲ませて、忌まわしくも焦がれて止まない陽光が肌を刺す。 荷箱を担いだ露天商や、朝摘みの草花を入れた花筐(はながたみ)を持った娘と歩調があう。 程なく、テーベ・ミトラ噴水広場に到着した。 周囲を見渡すが、疎らな人影があるのみだ。 手持ち無沙汰に突っ立ていると、規則正しい足音が近づいてくる。

「ご機嫌麗しゅうございます」

 目の前に銀髪碧眼の少女が佇んでいた。 フリルを誂えた可愛らしい袴服は、かぼちゃを連想させる。 腰付けの革帯にはラッパ銃と思しき火器が収められており、優美さよりも運動性を重視した仕立てのようだ。 人目を惹く、愛らしくも奇抜な服装だが、それ以上に驚嘆すべきことがあった。

「其方はユイリーン・リュズレイ!?」

 一命を取り留めたとは聞いていたが、動けるようになっていたとは驚きである。 ミュークの見立てでも、かなりの火傷を負っていたことは間違いない。 現に衣服から覗く手足には痛々しく包帯が巻かれていた。

「屍族は随分と世俗に疎いようですわね。 王族に対して、そのような不躾な物言い。 本来なら不敬罪で牢獄行きですが、今回だけは大目にみましょう」

 当のユイリーンは怪我の状態など全く意に介していないようだ。 その上、年端もいかぬ子供の癖にやたらと弁が立つ。 本来ならミュークの眼鏡にかなう美少女なのだが、如何せん手篭めにする自信がなかった。 プルミエールとは別の意味で扱いが難しそうだ。

「で、その妹姫殿は、なぜここにおる?」

「愚問ですわね。 アナタ方だけどうやって鉱石の選定をするおつもりですか?」

 腰に手を添えたユイリーンが小ばかにしたように鼻を鳴らす。

「うっ、それはアレじゃ。 ワチキは味覚で鉱石を選別できるのじゃ」

 確かにそんな特技をテトラモルフ大灯台で披露したこともある。 もっとも、後付感は否めない。

「屍族であるアナタが畏怖すべき蛍輝石を舐めると? 確かに学術的見地からも検証に値するかもしれません」

 ユイリーンが細顎に指を添えて、考え込むような仕草をみせる。 このままだと笑い話では済まないことになりそうだ。

「……いや、冗談じゃ」

「あら、おやめになるのですか。 では、やっぱりわたくしが必要ということですわね」

 ユイリーンは少し残念そうに呟くが、切り替えも早く、にっこり笑って左手で握手を求める。
 渋々ながらミュークはそれに応じた。 目敏くも、少女が右手を出しかけたことに気づいていた。 恐らくそちらが利き手であるのだろう。 同行を認めたのは、他者を慮る器量がこの少女にあると理解したからだ。 レムリアの件もあり、第一印象は悪かったが、若干九歳にして、よく出来た娘だと認めざるを得ない。

「それにしてもよく無事だったの」

「周囲の者が大袈裟過ぎただけです―――とは言っても、わたくしが助かったのはコレのお陰です」

 ユイリーンは腰の小鞄から金属製の円環を取り出す。

「それはもしやあの時の?」

 レムリアが枷せらた封印具によく似ていた。 確証が持てないのは、中央の窪みに蛍輝石が填っていない点と、その周辺が高熱で溶かされたように焼け爛れて、原型を損なっているからである。

「ええ、蛍輝石がわたくしの身代わりとなってくれました」

 屍霊術の源は、その名の通り召霊された死者の霊魂である。 蛍輝石は避雷針の役割を果たして、具現化した屍霊の焔を吸収したのだろう。 もっとも、急速に巨大な力を取り込んだ為、蛍輝石そのものは砕け散ってしまったようだ。

「どちらにしても、殊勝な心掛けじゃな。 プルミエール嬢が心配で、居ても立ってもおられずに駆けつけてきたのじゃろう?」

 やられっぱなしだったミュークが反撃を試みる。 年長者としての襟度に欠けるが、良くも悪くも似たもの同士のようだ。

「こ、このわたくしが、あんなお馬鹿の心配なんてするわけありませんわ。 これは……その……そうです。 大屍族の生態観察と実験材料の収拾を目的とした、合理的且つ一環性のある行動で……」

 ユイリーンの右手がカクカクとぎこちない動作で、腰元のラッパ銃に伸びていた。 よほど認めたくないのだろう。 自害するか、はたまた生き証人を抹殺しそうな悲壮感が漂っている。

「朝っぱらから随分と楽しそうだな」

 間が良いのか悪いのか、厄介事が服を着て歩いているようなバルバロトが現れた。 案の定、状況の把握よりも、会話に首を突っ込むことを優先している。 巨漢の丸太のような腕が馴れ馴れしく、ミュークの肩に回されていた。

「はわっ、これはユイリーンさま!? ―――うわきゃあぁぁ」

 遅れてやってきたアリエッタがユイリーンに気づいて畏まるが、突如響いた轟音に驚き尻餅をついた。 少女の足元の石畳に鋼鉄製の弾丸がめり込んでいる。 動揺の極地で名を呼ばれたユイリーンが誤射したようだ。 物騒極まりなく、不幸も極まりない。
 ミュークは、騒ぎに気づいた見回りの兵士に、どのような言い訳をしようか、遠い空を見上げながら考えていた。 警笛の音とは別に、遠くから鉄蹄が石畳を叩く音と、車輪が刻む音色が近づいてくるが、間に合いそうもない。

 ミュークはヒトの役回りとは、定められた因果のようなものだと強く実感した。


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