初稿:2013.06.17
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※月ノ章の本編です

4-03【技師】


「一体、何処に連れて行くつもりじゃ」

 ミュークは隣を歩く巨漢に歩調を合わせて訪ねる。 あの後、理由も聞かされず、半ば強制的に屋外へと連れ出されたのだ。 既に陽は落ち、水都アンディーンは活気溢れた昼の衣を脱ぎ捨て、夜の化粧を施している。 黄昏色の灯を映し出す水鏡が、都市全体を幻想的な空間に変貌させていた。 ただ残念なことに、連れが著しく情緒さに欠ける。 ファナが別行動をとった為、連れ立つのが件の二人組みであるからだ。

「いや、俺様もよくは知らんが、アンタに必要なことだとさ。 あの婆さんが言うのだから間違いはないだろう」

 バルバロトの言う婆さんとは、アルル=モア公女カタリナ・アヴィスのことである。 一国の長に対してぞんざい過ぎる物言いだが、言葉に幾ばくかの敬意が含まれているようで嫌味には聞えない。 どうやら身分や権勢にではなく、個人の資質にのみ私淑する人間のようだ。

「羨ましい性格をしておるな。 レムなどは見習うべきかの」

 ミュークの好奇に満ちた視線がバルバロトに向けられる。 両者の背丈には頭ふたつ分以上の差が存在する為、自然と見上げるかたちとなっていた。 気楽なもので、バルバロトはアリエッタに道案内を任せて、鼻歌などを口ずさんでいる。

「まっ、今は前を向いて歩くしかないわな」

「ふむ、物事を大局的に捉えた哲学的な答えじゃな」

「そんな大層なもんじゃねえけどな」

 バルバロトが困ったようにボリボリと頭を掻いている。 どうやら面と向かって褒められるのは苦手らしい。 ミュークは内心で「可愛いところもある奴じゃ」などと思ったが、勿論口にはしない。 会話の主導権争いに苦慮する身としては、思わぬ収穫だったからである。

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 水都郊外に差し掛かると、先頭を歩くアリエッタが立ち止まる。

「地図の通りだと、もう少しで見えてくるはずです」

 少女は手元の地図から顔を上げて前方を指差した。 暫く歩くと、ミュークの視界に目的地らしき建造物が映り込み―――思わず二度見した。

「ほ、本当にアレで間違いないのかや?」

 ミュークは知る由もないが、一週間ほど前、レムリアも同じ感慨をこの場で抱いている。

「ですぅ」

 間近にすると、その異様―――いや、奇妙さは際立っていた。 非常識を体現しているようなバルバロトでさえ、口をあんぐり開けたまま硬直している。 広大な敷地の中心に、小貴族の邸宅程度ならすっぽり収まりそうな巨大なカボチャがあった。 否、それは頭(屋根)に巨大なウサ耳煙突を生やした兎型建造物―――ラヴリー・ポウ技術工房である。
 一行は恐々と巨大なニンジンを模した門柱を潜り抜けて、かぼちゃ屋敷の正面に辿り着く。

「夜分失礼しますです」

 アリエッタが、カボチャ屋敷から突き出たラッパ型の通話装置に来訪を告げる。 すると、何も無かった壁面に波型の切れ目が走り、巨大カボチャが口を開く。 驚いたアリエッタが数歩後退ってから、盛大に尻餅をついた。 すると、美童趣味のあるミュークが誤魔化すように咳払いをして少女の痴態から視線を外す。 この一連のやり取りは、既に様式美となりつつある。

「カタリナさまからお話は窺っています。 中へどうぞ」

 一同の驚きが、屋敷の主の登場で更に上書きされた。
 淑やかな口調と共に二足歩行の巨大なウサギが現れたのだ―――ポゥ技師である。 家主は気にした素振りもなく、来訪を歓迎する。 この手の反応には慣れているようだった。 一同は促されるまま工房内に入ると、宛がわれた竹造りの円座に腰を下ろす。

「わたしはラヴリー・ポウ。 この技術工房の主です」

 ポゥ技師は毛むくじゃらな手で器用に酒瓶の栓を抜くと、上等の果実酒を振舞う。 未成年のアリエッタには蜂蜜入りの薔薇水が用意されていた。 見掛けとは裏腹に、細かな配慮が行き届いている。

「麦酒はないのか? この手の甘ったるい酒は苦手なんだ」

 バルバロトが無精髭を撫でながら不躾な催促をした。 コチラは見た目通り厚かましい。 この男の辞書に遠慮という言葉は明記されていないようだ。 逆に状況適応能力は高く、未だに目を白黒させているアリエッタや、当惑気味のミュークとは違い、満面の笑みで代えの麦酒を受け取っていた。

「アナタがレムリアさんの本当の主人でしたのね。 てっきりプルミエールさまの侍従の少年だと勘違いをしていました」

 ポゥ技師はミュークを正面から見つめて言葉を紡ぐ。 兎毛に覆われた口元が綻んだようにみえた。

「其方、レムのことを知っておるのかや?」

「ええ、そうですわね。 何からお話しましょうか、では―――」

 ポゥ技師は手始めに、ここが王室御用達の技術工房であることや、先日訪れたプルミエールとレムリアのことを話す。 人心とは現金なもので、相手が身内の顔馴染みだとわかった途端、根拠のない親近感が生まれる。 警戒心が薄らいだミュークとアリエッタが、家主に倣って其々の名前と立場を説明した。
 形ばかりの挨拶が済むと、ミュークが当初の目的を思い出す。

「いろいろと訊きたいことはあるが、まずはワチキがここに来た理由を知りたい」

 正気を疑われそうな台詞だが、事実なので仕方がない。 ミュークの唇も皮肉に歪んでいる。

「ミュークさまでしたわね。 この工房なら、アナタの失った右腕の代わりとなるモノを造ることができます」

 ポゥ技師の視線がミュークの空になった長衣の右肩に注がれていた。

「ほぅ、義手を用立ててくれると申すのか」

 普段から他者の好意を皮肉で返すミュークが、珍しく素直に応じる。

「はい、お気に召しませんか?」

「いや、見た目だけでも取り繕えば、レムも少しは気が楽になるじゃろう」

 肉体の欠損箇所を補う義肢技術の存在はミュークも聞いたことがあった。 しかし、一般的に普及しているとは言い難い。 機能面の問題もさることながら、金銭的な壁が立ち塞がる為である。 義肢開発が容易に進まない理由はもうひとつあった。 主な顧客である特権階級が、機能性よりも見た目を重視するからだ。 故に技師側も無謀な投資は避けて、外観の再現のみに特化した装飾用義手の製作に重きを置いていた。

「当工房をそこらの町工場と一緒くたにして貰っては困ります。 わたしが提示するのは失われた技術を組み込んだ能動式義肢の中でも、装着者の意識に反応する魔導義肢の類です。 元の右腕と同等―――いえ、それ以上の反応速度や運動性をお約束します」

 ポゥ技師は自信たっぷりに話す。 人族より遥かに優れた肉体能力を誇る屍族に対して大きくでたものだ。

「俄かには信じられぬ。 しかし、それが本当なら、断る理由がない」

「無論、条件があります」

 ポゥ技師はそこで一旦言葉を切ると、ミュークが先を促すのを待って再度口を開いた。

「材料の調達をお願いしたいのです」

「材料? それはなんじゃ」

 間髪入れず訊ね返す。 公室御用達の工房が入手できない物品となると、金銭的な問題ではないだろう。 それが期待できないことは、カタリナ老公女とて心得た上での紹介である。 とすれば、その材料とやらは市場に出回ることがない上、入手に高い危険が伴うと考えるのが妥当だ。

「義手の中核となるべき希石―――蛍輝石です」

「蛍輝石は確かに貴重な鉱石じゃが、一般に流通している筈じゃが?」

 蛍輝石の原石鉱脈は数少なく、その殆どが国家機関の管理下にある。 近年、歴史的な原産地の殆どが枯渇して、採掘量は減る一方だった。 今では、米粒のような小さな原石ですら高値で取引されている。 だが物流が途絶えたわけではない。 手に入れる術は幾らでもあるだろう。

「通常の蛍輝石であればそうでしょう。 しかし、今回必要とするのは、純度の高い結晶級の蛍輝石です」

 ポゥ技師は魔導義肢の構造と、蛍輝石の結晶が必要な理由を掻い摘んで説明する。 元来、蛍輝石には、屍族に宿る屍霊力を吸い取る力がある。 それを逆手にとって義手の制御をするとのことだ。 屍族の魂魄に宿る負の霊的原水を意識的に流し込むことによって、任意動作を可能にする仕組みらしい。 技術屋ではないミュークには、理解できぬ内容だが、理論上は実現可能で既に試作品も完成しているようだ。

「そのナントカ石ってのは、そんなに入手困難なブツなのか?」

 バルバロトが儲け話の臭いを嗅ぎつけたのか、会話に口を挟む。 先ほどまでとはうって変わって興味津々である。

「ええ、こぶし大の蛍輝石の結晶ともなれば国宝級の価値があります。 実はわたしもひとつだけ手持ちがあったのですが、一月程前にあるお方にお譲りしてしまいました」

 さらりととんでもないことを言う。

「その譲った蛍輝石を返して貰う訳には如何のかや?」

「既に加工してしまったそうです」

 ポゥ技師がさも残念そうな口調で返す。 どうやら手は尽くしていたようだ。

「では、直接鉱脈に赴き手ずから採掘するか、未加工の結晶蛍輝石を持つ人間から譲り受けるかの二択じゃな」

「そうなります。 後者に心当たりがないので、必然的に前者になりますが」

 確かに、名も存在も知れぬ人物を探すより、直に鉱脈をあたる方が現実的な判断だろう。

「じゃが話を聞く限り、鉱脈の採掘許可を得るのは難しそうじゃな」

「石ころ拾うのに許可なんていらねぇだろう。 ちょいとばかしお邪魔して、ごっそり戴いちまえばいい。 で、その鉱脈とやらは何処にあるんだい?」

 バルバロトの意見は元も子もない。 完全に盗掘者の理屈だ。 しかも、“こっそり”ではなく“ごっそり”な点が輪をかけて性質が悪い。

「世迷言は捨て置いて、鉱脈の在り処に目星はついておるのかや?」

「教皇庁アレシャイムです」

 思いもよらぬ地名がポゥ技師の口から発せられた。
 ミュークにはとりわけ耳が痛い。 教皇庁には新教皇となった聖女がいる。 鉢合わせるようなことになれば、如何にもばつが悪い。 バルバロトも別の理由であからさまに嫌そうな顔をしていた。 この場で、喜んでいるのはアリエッタだけである。 恐らく、遠征中の守護騎士団の面々に会えることが嬉しいのだろう。

「採掘に関しては、カタリナさまの書簡をお持ちになれば問題ないでしょう」

 ポゥ技師の言葉に淀みはない。 全ては想定された流れなのだろう。 確かに、カタリナ老公女はアダマストル王家と縁深い。 鉱脈を管理する官庁が反対しても、シャルロットの一存でどうにでもなる筈だ。

「それにしても教皇庁とはの……」

「既に船の手配は整っています。 後はアナタ方次第です。 如何致しますか?」

 カタリナ老公女の手の平の上で転がされているようで、面白くはないが、既にミュークの心は決まっていた。 今は停滞することが後退と同義であるからだ。


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