初稿:2011.02.27
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※月ノ章の本編です

3-09【取引】


 カタリナは貴賓室から人払いを済ませると、応接用の長椅子をミュークに勧める。 革張りの座面に腰を下ろしたミュークの両脇には、伝書鳩顔負けの帰巣本能でレムリアとルムファムが居座っていた。

「そろそろ腹を割って話したいものじゃな」

 ミュークの両眼が正面からカタリナを射抜く。
 一国の公主が手ずから罪人の捕縛に乗り出すなど通例ならあり得ない。 しかも、カタリナはその相手が二十二家に名を連ねるウィズイッド家の大屍族だと存知していた。 ならば、ミュークに直接の用向きがあると考えたほうが自然だろう。

「話が早くて大変結構ですが、これから話すことは他言無用でお願いします」

 カタリナは鮮やかな手つきで陶磁器製の茶器を扱い人数分の香草茶を瑠璃碗に注ぐ。 既に老齢の域に達している筈だが、容貌といい物腰といい精彩で気品に満ち溢れていた。 見ているだけで引き込まれるようである。

「要らぬ心配じゃ。 そう思うからこそ、貴老はこの席を用意したのじゃろう?」

「それは違います。 こんなにも面白いことを人任せにしたら勿体無いでしょう。 それに、先が見えないからこそ、決断には意義が生まれるのです」

「やれやれ、プルミエール嬢の性格は父方から受け継がれたものであるらしい」

 子供のように微笑むカタリナに、ミュークは呆れて両肩をすくめてみせた。 ちなみに、話がややこしくなるので、プルミエールは兵士たちに担がれて強制的に退席済みである。

「ですが、わたしの価値観をアルル=モアの民にまで強いることはできません。 王族の役割とは民が安定した生活を送れる世界を築くことにあるからです」

 カタリナはそこで一度言葉を切り、ひたと対座するミュークを見据えて、

「そして、その為にはミューク卿の助力が必要なのです。 単刀直入に申します。 貴女方にオルカザード家の意志を確認して欲しいのです」

「オルカザード家じゃと……」

 気を取り直す間も無くミュークは息を呑んだ。
 オルカザード家はウィズイッド家と並び、二十二家の大屍族の家系に名を連ねる名門血族である。 ウィズイッド家が没落した今、名実共に西大陸最大の上級屍族と考えて間違いないだろう。

「まさか、今からウルムドラに向かえとでも云うつもりかや?」

 ミュークが訝しげに眉を顰めた。
 オルカザード領はアルル=モアから北方に位置するクロスメイデン公国を抜け、白竜の峰を越えた先に広がる。 そこはウルムドラと呼ばれる氷河地帯に閉ざされた極寒の大地であり、踏破するには屍族であっても最低限の防寒具は必要だろう。 無論、騎馬や騾馬など一般的な移動手段は使えない。

「そんな手間はお掛けさせません。 先方から此方においでくださっていますから」

「なんじゃ、オルカザードの者をアンディーンに迎えておるのか?」

 ミュークの知る限り、オルカザード家は、一般的な屍族の価値観と比較しても、人族に対して好意的な部類に属するだろう。 聖剣戦争後も、同家は旧態依然の統治体制を固持してはいたが、暴政を敷くようなことはなかった。  領民は一定期間ごとの、血の提供を代償に、飢餓や疫病とは無縁の生活を営むことを約束されていたのである。 現当主ルドルフ・オルカザードも人前に姿を現すことはなかったが、犯罪や不義を等しく裁き、厳格な統治者であると聞き及んでいた。

「いえ、招かざるお客さまと言った方が正確かもしれません。 一昨日のことですが、とある遺跡に派遣した調査団が襲撃を受けて壊滅的な被害を被りました」

 まるで他人事のように、カタリナはさらりと言ってのける。 いや、努めて冷静に言葉を連ねているようだ。

「なぜ、それだけでオルカザード家の仕業だと断定できるのじゃ? ワチキならまず墓荒しや盗掘者の類だと考えるがの」

 ミュークも己の指摘が的確さに欠けていることは承知していた。 組織だった盗掘団ならば、一国の調査隊を敵に回すような愚行は犯さないだろう。

「襲撃者は屍族でも、そして人族でもなかったと、生存者から報告を受けています」

「ほう」

 ミュークの両眼が好奇に彩られる。

「調査隊を襲ったのは、見たこともない魔蟲の大群だったそうです」

 カタリナが静かな声音で事実を告げる。

「遺跡に巣食っていた古代蟲の類ではないのかや?」

 ミュークが別の可能性を示唆する。

「魔蟲たちの動きは、まるで何者かに操られていたかのように統制がとれたものだったようです。 ミューク卿はこの地で蟲を使役する術式をご存知ですか?」

「いや……だが―――」

 オルカザードの血族が千年壺毒(蠱毒)と呼ばれる太古の秘法を操ることは、一部の者たちの間では周知の事実である。 それというのも、同家は屍族や人族の王侯貴族を相手に、現代医学では完治不可能な病の治療を、蠱道を用いて行なっていたからだ。 無論、莫大な謝金を対価としてである。

「では、少し目先を変えてみましょう。 件の遺跡は、当初、巨人族の遺跡と目されていました」

 曖昧に言葉を濁すミュークに、カタリナは話題の転換を図る。

「巨人族の遺跡じゃと―――いや、その物言いから察するに、貴老は別のモノと考えておるようじゃな」

 ミュークにはカタリナの意図が読み切れなかった。

「ええ、第三次調査団の分析の結果、その遺跡は巨大な墳墓であると確証が得られています」

「ほう、それは珍しいの」

 ミュークは顎先に指を添えて、考えるような仕草を見せる。
 過去、巨人族に墓を作るといった概念はなかったらしく、現在まで墓地遺跡の類は確認されていない。 無論、此度の発掘が初例となれば、考古学史に残る新事実である。

「地質調査の結果は、過去に発見された巨人族の遺跡と同等の分析結果を得ているそうです。 もっとも、襲撃の件で発掘は中断しておりますので、玄室の扉はまだ開かれてはいません。 しかし、襲撃者の目的が玄室の内部にあることは間違いないでしょう」

「なるほど、そうなると、賊の狙いは副葬品の類と考えるのが妥当じゃな。 つまり、襲撃者は玄室に何があるかを知った上で行動している可能性があると……」

 ミュークもカタリナの含意を読み取ったようだ。
 人族の歴史が明確に形作られるのは、聖剣戦争を遡ること数百年余りであり、黎明期の遺跡に関する研究も進んではいるが、憶測の域を脱しない程度のものである。 要するに、人族には類似事項が存在しない古代遺跡の内部を推し量る術がない。
 憎たらしいほど柔和に微笑むカタリナに対して、ミュークが再度口を開く、

「それで、オルカザード家というわけか……」

「ウィズイッド家はオルカザード家と遠縁にあたり、親交も深いと聞き及んでいます」

 カタリナの察する通り、ウィズイッド家は古くからオルカザード家と交友があった。 もっとも、それはミュークの母アルフォンヌ・ウィズイッドの代で途絶えてはいたが、話を持ちかける相手としては適切であろう。

「貴老は再び同様の襲撃があると予想しておるのか?」

「はい、国を挙げての発掘調査として、それなりの警備体制を敷いたことが幸いしましたが、次も同様の結果になるとは限りません。 いえ、前回とて、相手が本気ならば防ぎきれなかったでしょう」

 カタリナの言葉に虚勢や自虐は感じられない。 感情論を抜きにして、適確に状況を分析しているようだ。

「大体の話は呑み込めたが、ワチキにも何かと都合があるのじゃがな」

 ミュークが奥歯にモノのはさまったような口調で返す。 流石にプルミエールを人質にシャルロットを拐かす計画があるとは言えないようだ。

「アルル=モアにおいては、わたしの一存で、手元に留めてありますが、ウィズイッド家には、遅かれ早かれ教皇庁、又はアダマストルから国家転覆を狙う重罪人として手配が回る筈。 ですが、この取引に応じてくだされば、教会船の一件に関してだけは、公王カタリナ・アヴィスの名で、貴女方の無実を証言する証人となりましょう。 加えてアルル=モア公国はウィズイッド家と同盟を締結したと、国内外に公式開示致します」

 カタリナはまたとない好条件をミュークに提示する。
 屍族を異端視するメナディエル正教圏でも、聖剣戦争時の恩恵に報いる為、ウィズイッド家とオルカザード家の両家に関しては異端除外措置が採られていた。 しかし、ウィズイッド家はヤガ=カルプフェルト王国で国家反逆罪に問われて、その後ろ盾を失って以降、他の屍族同様に、異端の烙印を捺されている。 ここで、アルル=モア公国に盟友として歓待されれば、少なくとも同盟国のアダマストルとサリナハーム領内では追っ手や審問官から逃げ回る必要はなくなるだろう。 双子に安住の地を用意できれば、ミュークの肩の荷も多少は下りるというものだ。

「それだけの待遇が約束されるならば、断る理由もない」

 言葉とは裏腹に、ミュークは厄介事を惰性に甘受することに慣れつつある自分に、内心で溜息をついていた。 取引の応否に関わらず、面倒ごとに巻き込まれることは避けきれないようだった。


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