初稿:2011.01.23
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※プルミエールSIDEです

3-05【語部】


 何事も無かったように、たっぷりと夜は更けていた。

「うにゅ、スッキリしたです」

 幼い肌を薄桃色に紅潮させたプルミエールが一言。 湯浴みの後らしく、薄絹一枚を幼い肢体に巻き付けたあられもない姿である。

「それはようございました。 ところで、本当にアレで宜しかったのですか?」

 工房内では、ラヴリーポウが水上艇の整備点検に取り掛かっていた。 前大会から三年もの間、納屋の奥で眠っていた艇体は、所々塗装が剥げ落ちて、赤茶けた強化木材の下地が覗いている。

「なんのことですか?」

「レムリアさんのことですよ。 見たところ、とても嫌がっていたように思えましたので……」

「うにゅ、レムレムの死はムダにはしません」

 プルミエールのなかでは、既に故人と化しているようだ。 レムリアを売り渡して、身の保全を確約した負い目など、まるで感じていない。

「そ、そうですか」

 ラヴリーポウが口篭る。 主従の間に過分に立ち入るべきかどうか迷っているようだ。 百歩譲って良心的に解釈すれば、それだけユイリーンを信頼しているのかもしれない。

「そんなことより、“すぺしゃるデンジャラス号”はだいじょぶですか?」

 しかし、当のプルミエールは周囲の葛藤など何処吹く風、過ぎてしまったことは気にしない性格だ。 亡き者にされたレムリアが知ったら化けて出そうである。 無論、生霊としてだ。

「はい、錆付いた部品を交換すれば、問題ない筈です。 ときにプルミエールさまは、三年前、初めてこの工房を訪れた時のことを覚えていらっしゃいますか?」

 ラヴリーポウも深く考えることは止めたようで、昔を懐かしむように微笑んだ。

「うにゅ、リナリナといっしょでした」

「わたしはプルミエールさまのお姿を拝見して、一目で確信しました。 因果は巡り、再び贖罪の機会が与えられたのだと……」

 ラヴリーポウはプルミエールの双眼に宿る特異な色相に、魅入られたように呟く。

「むむ、ラヴラヴは美味しいのですか?」

 プルミエールが真顔で尋ね返す。 “贖罪”と“食材”―――大方、脳内辞書に存在しない単語を安易に取違えたのだろう。 口を開くと高確率で話の腰が粉砕骨折するので、対話相手はたまったものではない。

「え、え〜と……、食される前に、ちょっとした昔話にお付き合い願えますか?」

 ラヴリーポウは困ったように頬を掻いていたが、改めて意を決するとプルミエールの元へ歩み寄る。

「うにゅ、くるしゅーない」

 プルミエールは寝椅子に腰を落として偉そうに促した。

「これは天地創造と原初のお話です」

 少女の了承を得たラヴリーポウが、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「神様は生命の源たる世界樹が実らせた四つの実を地上に撒きました。 そして、その実から誕生した四体の聖獣に知恵と不滅の魂を授け、この世界の統治を任せたのです」

 天窓から差し込む月明かりが、ラヴリーポウに優しく降り注いでいた。

「まず最初に聖獣たちは、己の血肉から獣人と呼ばれる眷族を生み出しました」

「“せいじゅう”に“じゅうじん”?」

 聞きなれ無い単語にプルミエールが鸚鵡返しに尋ね返す。

「はい、豊穣と多産を司る“緑眼の聖母メナディエル”は【有角族】、常闇に生き、冥府の支配者たる“死せざる王グラトリエル”は【屍鬼族】、カラクリと称される機械技術を大成した“森の賢者ノルド”は【巨人族】、精霊と交感し、それらを使役した“無銘の小さき女王”は【妖精族】、四大聖獣は同眷属の王として、地上に至高の楽園を築き上げたのです。 ちなみに、“獣人”とは聖獣から生まれたヒト型に綽名された総称であり、必ずしも半獣の姿を指しているわけではありません」

 ラヴリーポウは漆黒の双眼を閉じると、間断なく物語を綴る。

「悠久なる時が流れ、地上の実質的な支配者となっていた“森の賢者”は神の御許に還ることを切望するようになります」

「里ごころがついたのですね」

 プルミエールが身も蓋もない感想を洩らした。 言葉を飾り立てしないのは、この少女の美点でもあり欠点でもある。

「うふふ、聖獣とは元々神界の生物ですから、その通りかもしれません。 そして、“森の賢者”は他の三聖獣に協力を求めました。 誘いに応じた“死せざる王”と“小さき女王”は巨人たちに破壊と再生のチカラを与えて、天への道を拓く手助けをしました。 しかし、“緑眼の聖母”だけは一向に動こうとはしませんでした」

「プルもだんたいこうどうはニガテです」

 どうやら、“緑眼の聖母”に妙な親近感を抱いているようだ。

「“緑眼の聖母”は生命の恵みを司っていましたから、望郷心よりも新たな命が宿る地上への愛着が強かったのかもしれません。 しかし、有角族からは不満の声があがりました。 配下の眷属は、創造主である聖獣の意志には逆らえませんから、有角族だけが地上に取り残されることを危惧したのでしょう」

「ウダウダ言わずにかかってこいです!」

 プルミエールが何様的な見地から意見を述べる。

「結果、“緑眼の聖母”は、我が子にも等しい有角族の手によって首を落とされてしまいました」

「やっぱり、こなくていいです」

 が、現実を知って、前言は敢え無く撤回された。

「それは、民草の声に耳を傾けなかった報いだったのかもしれません。 しかし、誤算は弑逆した側にも生じました、“緑眼の聖母”が物質的に滅びたことにより、有角族たちは“獣”としての特性の全てを失ってしまったのです」

 ラヴリーポウはそこで言葉を区切ると、プルミエールの顔を正面から見つめる。

「“じゅーじん”じゃなくなったのですか?」

「ええ、その時、この地上に“ヒト”と呼ばれる存在が生まれたのです。 でも、それは有角族にとっては幸運だったのかもしれません。 天を目指す聖獣たちの試みは、神様の怒りを買い、それに加担した巨人族は“ヒト”としての姿を奪われ、一介の“ケモノ”に成り下がりました。 生き残った三体の聖獣も、魂を奪われ、この世界の何処かに呪縛されています。 そして、聖獣の加護を失った屍族と妖精族は、次第にその個体数を減らし、種の滅亡を迎えつつある。 その全てが、賢者などと褒め称えられ、増長した愚か者が招いた因果……」

 深い余韻を残して、ラヴリーポウは口を閉ざす。 まるで悔いるように俯いていた。

「むぅー、ココロがせまい神サマですね」

 何かを感じ取ったのか、プルミエールが憤慨する。 ラヴリーポウの語った内容は、それが真実であれば、人族と古種族との関係を解き明かす途方も無い話であるのだが、そちらの重要性に気づいていないようだ。

「ウフフ……、お優しいのですね。 流石はミュミュに主人として認められただけのことはあります」

「えっへん。 でも、ムズカシくてよくわかりませんでした」

 お馬鹿だが、同時に嘘がつけない素直な性格である。

「今はわからなくても大丈夫です。 ただ、この世界に存在している獣達は全て、“森の賢者ノルド”の眷属であった巨人族の末裔だということだけは覚えておいてください」

 ラヴリーポウの目的は史実を正確に伝えることではなく、プルミエールに世界の理を知ってもらうことにあるようだ。

「ニャニャーもですか?」

「はい」

「じゃ、じゃあ、ワンワンも?」

「勿論」

「そ、それじゃミュミュも?」

 立て続けの問答の末、プルミエールはこれが最後とばかりに、床上に転がっていたミュミュを両手で抱えあげた。

「この子には少し特殊な理由がありますが、似たようなものですね」

 ラヴリーポウがミュミュの頭を撫でる。

「ちっちゃいけど、ほんとうはでっかいのですね♪」

 プルミエールも獣たちが巨人族の成れの果てだと理解したのだろう。 満足したように何度も頷いていた。

「今の人族は間違った伝承に縛られ、本来の姿を見失っています。 ですが、わたしは信じています。 今度こそ、闇に堕ちた“緑眼の聖母”は救われると。 そして、世界を覆う霧を晴らすことができると。 その時が来たならば、どのような助力も惜しむつもりはありません」

 ラヴリーポウはプルミエールを腕のなかに掻き抱く。 その抱擁は優しく、それでいて力強いものであった。

「うにゅ、ど〜んとプルにまかせるです!」

 何は無くとも、根拠のない自信だけは持ち合わせるプルミエールであった。


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