初稿:2011.01.18
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※レムリアSIDEです

3-04【天敵】


「とは言ったものの、アテもないしどうしようか……」

 残されたレムリアが思案顔で腕を組む。 ミュークの判断を仰げぬ以上、目立つ行動は出来るだけ避けたかった。 屍族特有の白蝋の肌は化粧で誤魔化してはいるが、勘の鋭い者なら違和感程度は抱くからである。

「まったく、お舟レースにでたいとは、ミュクミュクもお子さまですね」

 プルミエールが肩を竦めてやれやれと溜息をつく。

「ミュークさまの目的はお金のほうですけどね」

 レムリアがその場に居ないミュークを擁護したいのか、貶めたいのか、微妙な発言をした。

「びんぼーさんなのですね」

「その点は、残念ながら否定できません。 というか、プルプルさん水上艇レースに詳しそうですね?」

 レムリアも随分とプルミエールとの意思疎通のコツを掴んだようだ。 舌足らずな台詞から欠損箇所を補って会話の成立を見事に図っていた。

「うにゅ、よいところに気づきました。 プルはお舟レースでイチバンになったことがあるのです♪」

 にんまり微笑んだプルミエールが誇らしげに胸を張る。 今回は珍しく内容を伴っていた。 もしかしたら、ずっと訊かれるのを待っていたのかもしれない。

「それは凄いですね。 それで、その時の水上艇ってまだこの街にあったりしますか?」

 レムリアは少女の機嫌を損ねぬように一定の賛辞を送った後、本題に入る。
 受付で確認した限り、水上艇レースで使用されるのは二人乗り小型船である。 無論、小さいとはいっても容易に持ち運べるものではない。 破棄されていないのなら、この街の何処かに保管されている可能性があった。

「うにゅ、ついてくるです」

 プルミエールはレムリアの返事を待たずにズカズカと歩き出す。 どうやら、水上艇の在り処まで案内するつもりのようだ。

「あー、待ってください」

 人混みに不慣れなレムリアは、プルミエールの背中を見失わないよう必死に後を追う。 鐘や銅鑼の音が鳴り響き、祭り一色に染まる街中を走り抜け、行き止まりの防水堤をよじ登り、複雑に入り組んだ水路脇の側道を進むと、やがて、通行人の疎らな郊外地へと辿り着く。

「ここです」

 と、程なくしてプルミエールが立ち止まる。

「本当にここでいいのですか……」

 レムリアは目前に聳え立つ謎の構造体を見上げて絶句する。 無理矢理言語化するなら、頭に二本のニンジンを生やした巨大なカボチャ。 くり貫かれた両目の部分に窓枠が嵌っていることから、かろうじて建造物の類だと認識できる。 門柱代わりに地面に突き立った橙色の物体―――恐らくこれもニンジンだろう、には“ラヴリー・ポウ技術工房”と表記された看板が吊り下がっていた。

「うにゅ、ここでお舟をつくってもらいました」

「へ、へぇ、そうなんですか」

 他愛の無い会話をしつつ、前衛的な造形芸術が所狭しと立ち並ぶ前庭を横切ると、かぼちゃ屋敷の正面に辿り着く。

「ラヴラヴ、あけるです!」

 プルミエールが巨大カボチャから突き出たラッパ型の器具に話しかける。 どうやら、外部と室内を繋ぐ通話装置となっているようだ。

「はっ!? あわわ……」

 と、レムリアが急に狼狽しだす。 ここまで来て、ひとつの可能性に思い至ったようだ。
 経緯はどうあれ、一国の第二王女を誘拐したのである。 安穏な旅路が続いた為に、追っ手が掛かっている可能性を喪失していたのだ。 見ず知らずの者なら巡礼者に扮装するだけで、誤魔化せるかもしれないが、個人的に面識があるとなれば、話は全く違ってくる。

「は、早く逃げないと……」

「レムレム、なにしてるですか」

 慌てて踵を返したレムリアの首根っこを、プルミエールが両手で掴まえる。

「放してください。 こんなところで死ぬのはイヤですぅ〜」

 王族の拐取はまず間違いなく国家反逆罪にあたる。 おまけに屍族だと正体が知れれば、斬首は免れないだろう。

「死なばもろともです」

 プルミエールが意味をわかって使っているのか、微妙な言い回しで開き直りを要求する。
 暫くすると、外の騒動を聞きつけたのか、カボチャの家壁に波型の切れ目が走り、まるで生きているように口を開いた。

「何方ですか?」

 誰何の声と共にのそっと巨大な影が姿を現す。 工房の外観も奇抜だったが、家主は輪をかけて型破りであった。

「ウ、ウサギ!?」

 暴れていたレムリアの身体が硬直する。 声質からうら若い人族の女性と思いきや、現れたのは巨大なウサギだった。 着ぐるみの類かと目を凝らしても、釦や務歯の類は確認できない。

「ひさしぶりですね」

 一方、プルミエールはこの奇妙な生物を見慣れているようで、驚いた様子は無い。

「これは、プルミエールさまではありませんか。 狭苦しいところですが、どうぞ中にお入りください」

 巨大ウサギは、思わぬ訪問者に驚いていたようだが、直ぐに歓待の意を示した。

「うにゅ、よきにはからになさい」

 プルミエールはど肝を抜かれて虚脱状態のレムリアを家内に蹴り入れると、自分も招きに応じる。
 かぼちゃ屋敷の内部は、内装の興趣は別にして、想定外に快適な空間だった。 外観からは、わからなかったが、二階建てらしく、部屋の中央に上層に続く螺旋階段があった。

「先程から気になっていたのですが、其方の殿方は?」

 巨大ウサギが足元で這い蹲っているレムリアに視線を向ける。

「ひっ……、あ、あのボクは……その……」

 引き攣るような悲鳴と共に、レムリアの両眼に動揺の色彩が滲む。 巨大ウサギの反応から、プルミエールの誘拐騒ぎが、公になっていないことは理解できたが、別の意味で怯えているようだ。

「これはレムレム。 プルの下僕です」

 プルミエールがふかふかの寝椅子に飛び乗って代弁する。 少女が無造作に脱ぎ捨てた外套の頭巾の中から、モゾモゾとミュミュが這い出してきた。 どうやら、ずっと隠れていたらしい。

「ああ、新しい従者の方でしたのね。 これは失礼致しました。 わたしはこの技術工房の主、ラヴリー・ポウです」

 レムリアの立場を考慮したわけではなさそうだが、上手い具合に会話が噛み合っていた。

「あ、はい、ボクはレムリア・グリンハルトと申します」

 外見はともかく、中身はまともそうなので、レムリアもほっと一息をついた。 真逆の性質を持つ人物が身近に多いので、それよりは幾分マシだと感じたようだ。

「立派なお名前ね。 貴族のご出自でいらっしゃるのかしら?」

 巨大ウサギこと、ラヴリー・ポウは慎重に言葉を選び尋ねる。 西大陸の大半の国家では市民階級は姓、つまり家名を名乗ることを許されていないのである。

「え〜と、そのようなものです」

 レムリアが言葉を濁す。 流石に屍族だと正体を明かせるわけもない。 この時代、王族が貴族の妾腹を従者とすることはさほど珍しくはなかった。 王家への忠誠、そして、跡目争いの火種を処理する為である。

「立派にお勤めを果たしなさいませ、延いてはそれがアナタの、そして民の幸福に繋がります」

 ラヴリー・ポウは王侯貴族間の慣例にも通じているようで、深くは追求しなかった。

「は、はい、頑張ります」

「それで、此度はどのようなご用件でございましょうか?」

 レムリアの素直な反応に満足したようで、ラヴリー・ポウは閑談なく切り出した。

「うにゅ、“すぺしゃるデンジャラス号”はありますか?」

 プルミエールが謎の単語を口にする。 それが求める水上艇の船名なら限りなく不吉であった。

「あら、水上艇レースの件でいらしたのですか、それは丁度よかった。 今、二階に打って付けのお客様を迎えていたのですよ」

 ラヴリー・ポウが大きな頭部を上方に傾ける。 すると、

「シャルロットお姉さまの安否が気遣われる有事に、随分と暢気なことですわね」

 咎めるような声と、規則正しい靴音が二階から響く。 一同が見上げると、銀髪をリボンで結った少女が、流れるような足取りで螺旋階段を降りてきた。

「プルミエールお姉さま、お久しぶりでございます」

 銀髪の少女は、大きな双眼と同じ翠玉色基調としたドレスの裾を持ち上げて一礼する。 一挙一動から清楚な雰囲気が滲み出ていた。

「ユ、ユユユユユユユ……ユイユイ。 な、なぜここに!?」

 一方、清楚さとは無縁のプルミエールは、あからさまに狼狽していた。

「あら、お忘れですか、此度の水霊祭にはアダマストルの失われた技術(ロストテクノロジー)学術探査機関も技術提供致しておりますのよ。 副所長兼、実施責任者、加えてアルル=モア王家とも縁戚であるわたくし―――ユイリーン・リュズレイが、両国の友好の証としてここにいるのは当然でございますわ」

 ユイリーンは手の甲を口元に当てて、優雅に笑う。 この人物がアダマストルの第三王女であるのなら、齢十歳にも満たぬ少女である筈だが、その物腰は姉姫であるプルミエールよりも遥かに大人びていた。

「ぐぬぬ……、まちぶせとはヒキョーな」

 プルミエールが奥歯をギリギリと噛み締めて、腹違いの妹を睨みつける。 目の前のユイリーンは、父親は同じだが、母親が違っている。 プルミエールの実母であるエレシアムの死後、父ルクサーが後妻として迎えた、エレシアムの双子の妹ソフィアの吾子であった。

「相変わらず他人の話を聞かないですわね。 わたくしは一月も前からアンディーンに滞在しておりますわ。 此度は別件で、ラヴリーさまにお話があっただけです」

「ええ、ユイリーンさまには先日、ロアの湖底で発見されたノルドの遺産に関して、いろいろとお知恵を拝借しております」

 ユイリーンの言葉をラヴリー・ポウが裏付ける。

「ノルドの遺産が発見されたのですか!?」

 と、その会話に真っ先に反応したのはレムリアであった。 ノルドとは、神代から連なる黎明期にこの地を支配していた巨人族の王の尊称である。 先程、ユイリーンが話したロストテクノロジーも、ノルドの遺跡から発掘された遺産のひとつに数えられている。

「はい、先日、水霊祭に即してロア湖の水質調査が行なわれたのですが、その際、湖底に地滑りの跡と、巨大な建造物が確認されたと報告がありました」

 ラヴリー・ポウが詳細を説明する。 加えて、この発見が、近年、アルル=モア一帯で多発した小規模地震が齎した偶然の産物であることも付け加えた。

「ラヴリー・ポウ、お口が軽いですわ」

 ユイリーンが眉を顰めて苦言を呈する。

「アダマストルの姫様方は、アルル=モアの王室とも血縁でいらっしゃいます。 国家の秘密を知る権利はあるでしょう。 それに水霊祭後に公式に発表される事柄ですから、大きな問題はありません」

 現アルル=モア公主であるカタリナ・アヴィスは、プルミエールの実父ルクサー・アヴィスの実姉に当たる人物だ。 世襲制度であるアルル=モア王室において、未婚であるカタリナが明確に後継者を定めていない以上、プルミエールは有力な王位継承者のひとりだった。

「でも、ノルドの遺産が湖底で見つかるなんて意外です」

 もっとも、この件に関して多大なる興味を示しているのはレムリアである。

「確かに、テトラモルフ大灯台然り、空中都市ニクネベェン然り、巨人族の技術の大半は天を目指す為に、築き上げられたといっても過言ではありませんわ」

 ユイリーンが己が領分とばかりに、熱弁を振るう。

「ちょっと待ってください。 大灯台と空中都市を建造したのは屍族です。 ヤガ=カルプフェルトに現存する天地戦争に関する文献がそれを証明しています」

 だが、この手の議題では、レムリアも譲らない。

「ノルドの遺産に関する第一人者であるわたくしに意見するとは、生意気ですわね。 古代グリーニアル期の文献の大半は焼失しておりますし、情報の断片だけを取り繕って、安易に曲解すればそういった愚説も成り立つでしょう。 ですが、現実に今の屍族たちが、ノルドに匹敵するほどの科学技術を持ち合わせているでしょうか?」

「そ、それは……、きっと何か理由があって……。 そ、それに、テトラモルフ大灯台には、グリムデンの血統アルカナが存在していましたし……」

 ユイリーンの合理的推論に、レムリアは苦し紛れの反論を試みるが、それが不味かった。

「随分とテトラモルフ大灯台についてお詳しそうですわね。 まるで直に見てきたように聞こえますわ」

 ユイリーンの双眼がすぅーと細まる。
 ノルドの遺産を研究する者たちにとって、テトラモルフ大灯台は垂涎の調査対象である。 しかし、遺跡を所有するサリナハーム公国は世情不安を理由に、他国からの共同調査隊の申し入れを拒絶しているのだ。

「い、いえ……、噂で小耳に挟んだ程度です」

 レムリアが失言を誤魔化すように、口笛を吹く。

「むぅ、レムレムはなにを言ってるですか、プルのだいかつやくをわすれたですか? そもそもアソコで―――モガ」

「アハハ、何を言ってるんですかねー」

 レムリアが火に油を注ぎ捲くるプルミエールの口を背後から塞ぐ。

「まぁ、いいです。 アナタが何者であるのかは後程精査致しましょう。 ですが、天地戦争の内実がどのようなものであったにしろ、そこで用いられた技術は、ノルドのものであったとわたくしは仮説していますわ」

「き、きっと、そうです。 そうに違いありません」

 あっさり手の平を返すレムリア。 早々にこの話を切り上げたいようだ。 それも仕方が無い、様々な問題をすっ飛ばして、盗掘者疑惑が急浮上中なのだ。

「とはいえ、わたくしとここまで議論できる存在も久方ぶりですわ。 プルミエールお姉さま、此方の“見慣れぬ”従者の方をわたくしにお譲りくださいませ」

 ユイリーンはいきなりとんでもないことを口にする。 この姉にしてこの妹ありか、如何に表層を取り繕うと、血は争えないらしい。

「レムレムはプルの下僕なのでダメです」

 プルミエールが拒絶する。

「無論、タダでとは言いません。 どうせ、また無断でお城を飛び出されたのでしょう?」

「な、なぜ、それを!?」

 ユイリーンに耳元で囁かれてプルミエールが鼻白む。 喋れば喋るほど墓穴を掘ることになりそうだ。

「だと、思いましたわ。 先程の条件を受け入れてくだされば、見逃して差し上げてもよくってよ。 それにアナタもプルミエールお姉さまの下で奴隷生活を続けるよりは、知的で有意義な毎日を送りたいのではなくって?」

 前者はプルミエールに、後者はレムリアへと向けられた言葉である。

「ボクはプルミエールさま個人に忠誠を誓っていますので、その質問にはお答えできません」

 多少、心が揺れたがレムリアは忠臣を装って矛先を回避する。 アダマストル王家に仕える従者と名乗った以上、下手に拒絶して、怪しまれるわけにもいかない。 よって、意志の決定を主人役に委ねたのだ。 このプルミエールという少女は、“自分のモノは自分のモノ”どころか“他人のモノまで自分のモノ”というぶっ飛んだ発想の持ち主なので、そう易々と譲歩するわけもないだろうと高を括っていたのだが、

「うにゅ、よきにはからいなさい」

 が、呆気なく了承される。
 こうして、レムリアはユイリーンの従者へと配置転換する破目に陥ったのであった。


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