初稿:2011.01.12
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※月ノ章の本編です

3-03【水都】


 温和な気候と肥沃な大地に恵まれたアルル=モア公国は、芸術を尊ぶ気質に富んだ国家である。 なかでも、ロア湖に浮かぶ王都アンディーンには、公立の大博物館と学術天文所に加え、円形劇場や水上闘技場など、享楽的な大衆文化の象徴が建ち並び、貴族の保養地としても名を馳せている。
 そして、この芸術の都は目下、三年に一度催される水霊大祭の真っ只中にあった。 開催期間中に齎された教皇フォン=バレル三世の突然の不幸に、一時は中止も危ぶまれたが、規模の縮小と、公営及び個人商店に到るまで、弔旗の店頭掲揚を義務付けることで、一定の体裁を保ちつつ祭事の継続を図っている。
 どちらにしても、大多数の富者や庶民にとっては、教会の大事よりも、目先の娯楽余興を謳歌するほうが現実的であるようで、白大理石を基調とした壮麗な街並みは活気に溢れていた。

 しかして、ここは都市名所のひとつにも数えられるテーベ・ミトラ噴水広場。

「こちらが出場者仮登録証となります。 尚、公正を規す為、ご搭乗する水上艇は騎竜共々、競技開催の前日までに、大会本部が運営する竜舎への入厩が義務付けられております。 そこで、書類審査と艇体検査を通過した後、本登録となる運びです」

「相分かった。 説明ご苦労じゃったな」

 ミュークは水竜艇レース出場受付を済ませると、満面の笑みで振り返る。

「―――と、いうわけじゃ。 本大会は四日後、つまり三日の内に、水上艇と首長竜を調達する必要がある」

 それはアンディーンに到着するや否やの急展開であった。
 ちなみに、ミュークの言う水上艇とは竜亜種であるシーサーペントの背に、御者台と巨大な二つの車輪を設置した小型の竜車である。 水上都市であるアンディーンでは、ごく一般的な水上移動手段で観光用に公国が設備しているほどだ。

「何が『と、いうわけ』ですか!? まさか、金欠病の打開策ってコレのことじゃないでしょうね?」

 案の定というか、当然のようにレムリアが抗議に詰め寄る。

「レムはいつからそのように物分りが悪くなったのじゃ? アルドンテで人族の酔漢から聞いた話では、水上艇レースの優勝者には貴族の称号と、ウリクス金貨五千枚という多額の報酬が約束されておるそうじゃ。 コレを狙わぬ手はないじゃろう」

「道理が通らないのは、目に見える現実が世迷言と同列に落ちぶれているからです。 世の中、急がば回れ、ボクは地道に働いたほうがよいと思います」

 レムリアが譲れない一線とばかりに決然と意見する。 若くして老獪過ぎる思考形態なのは、この手の話で碌な目に遭っていないからであろう。

「モガ、モグ……、レムレムの言うとおりでモガ」

 と、ルムファムと屋台巡りをしていたプルミエールが戻ってくる。 蜂蜜漬けの林檎飴を口一杯に頬張っている為、少し聞き取りづらいが、珍しくレムリアの肩を持っているようだ。

「ほら、プルプルさんもこう仰っています」

「プルはこっちにでたいです」

 プルミエールは受付横に貼ってある羊皮紙をバンと叩く。 そこには、水竜艇レースと同時開催される武闘大会の詳細が記載されていた。

「そうそう武闘大会の方が地道で確実な手段……、んなわけないでしょうが!!」

 見事なノリツッコミ。 最近、ボケが供給過多で、レムリアの気苦労は募るばかりである。

「ほう、そちらの優勝賞金もなかなかのものじゃな」

 などとミュークも満更でもないように、武闘大会に関する記事を読み耽っている。

「絶対ダメです。 武闘大会なんかに出場したら一発で屍族だとバレちゃいますよ。 それなら水上艇レースのほうがまだマシです」

 声を荒げるレムリアだったが、流石に“屍族”という単語だけは小声になる。 アルル=モアがメナディエル正教圏に属することを意識しているのだろう。

「なるほど一理あるの。 ここはレムの意見を採って水上艇レースへの参加を決定事項としよう。 然らば、ワチキとルムは野生の首長竜の捕獲に向かう故、その間、レムには水艇の確保とプルミエール嬢の世話を一任する」

 ミュークは、物珍しげに人族の屋台を物色していたルムファムを手招きしつつ、一気に捲くし立てる。

「ちょっと待ってください。 ボクはどちらがより悪いかの判断をしただけです」

「なんじゃ、レムはワチキと首長竜の捕縛が良いのか?」

 ミュークはさも驚いたように尋ね返す。 野生の竜亜種と野生のお馬鹿、どちらも倦厭したい相手である。 言い換えれば、肉体と精神、どちらをより危険に晒すかという究極の選択であった。

「い、いえ、それは流石に……、まだプルプルさんの方がいいかも」

 流石に命の危険は避けたかったのか、レムリアは後者を選択する。 残念ながら、安易な論点のすり替えに、性懲りもなく引っ掛かっていた。

「そうじゃろう。 ワチキはレムのことを何よりも大切に想っておる。 故に、首長竜の捕獲などという危険な仕事をさせたくはないのじゃ。 そして、誰よりも信頼しておるからこそ、プルミエール嬢の護衛役といった重要な責務を与えられる」

 ミュークはレムリアの両頬に手を添えると、潤んだ瞳で語りかける。 傍から見ると、かなり胡散臭い。

「そ、そこまでボクのことを……。 わかりました、不肖このレムリア・グリンハルト、謹んで大任承ります」

 もっとも、当のレムリアはコロっと騙されて感涙に咽んでいた。 冷静になって考えれば、人型災厄発生器を体裁よく押し付けられただけなのだが、まったく気づく様子はない。

「それでは後のことは任せたぞよ」

 ミュークはしゅたっと片手を挙げると、名残惜しそうに屋台村を眺めるルムファムを引きずって、そそくさとテーベ・ミトラ噴水広場を後にした。


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