初稿:2010.12.18
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※月ノ章の本編です

3-00【金策】


「なぜワチキがこんなことをせねばならぬのじゃ!」

 給仕に扮したミュークが鼻息も荒く調理場に戻ってくる。 左右両手に携えた銀盆の上には空皿の山が堆く築かれていた。

「ふたりで働いた方が、お金が早く貯まるからですよ。 あと、これ窓際のお客さんの料理です。 冷めない内に持っていってください」

 レムリアが、自慢の腕を振るった小鹿のパイ包み焼きの大皿を差し出す。 こんがりキツネ色のパイ皮と、冬茸と刻み野菜の色彩が食欲をそそる一品である。

「疲れたのじゃ。 ワチキは暫し休むので、他の者に頼めばよかろう」

 ミュークは空皿を銀盆ごと流し台に投げ捨てると、調理場の隅に座り込んでしまう。 何事かと他の雇われ給仕の視線が集まる。

「風邪で寝込んでいるご主人に代わり、厨房を任されたボクの身にもなってください」

 レムリアはミュークの投げ遣りな対応に小声で抗議する。

「あーあー、レムは信頼厚いお立場で良いのう」

 しかし、ミュークは頬を膨らませて、そっぽを向いてしまう。 レムリアの料理の腕が見初められ、この宿酒場アルドンテで働き始めて、三日目の夜。 等々、ミュークが我慢の限界を迎えてしまったようだ。

「こういった大衆酒場は、屍族だと悟られずに済む最適の働き口なんです。 首にされたらどうするおつもりですか?」

 夜間営業であることに加えて、大抵の酒場は店内が薄暗い。 それに、泥酔した人族は、容易に記憶障害を起こすので重ねて好都合であったのだ。

「肌粉さえつけておれば、そのような杞憂は要らぬ」

 屍族は二つの理由で、肌粉と呼ばれる天然染料を用いる場合がある。 ひとつは生来の遺伝性光線過敏症による陽光炎症を防ぐ為。 そして、もうひとつは、現地人の肌色に似せて正体を隠す為である。 今回、ミュークの指す肌粉とは後者であろう。 肌の露出する部分に染め粉を塗り込んだ上で、身体から発する鬼気を抑制する術さえ心得ていれば、屍族だと勘付かれる心配はまずない。

「原因の一端を担っているボクが言うのもアレなのですが、その肌粉の代金さえ儘ならない懐具合なんです。 それに、人族の社会では働かないとお金は手に入らないんですよ。 知らなかったのですか?」

「それくらい知っておるわ。 ワチキは飲んだくれ相手に媚び諂った挙句、尻まで触られておるのじゃぞ。 雇用契約にそのような項目はなかった筈じゃ」

「で、でも……、それぐらい我慢してください」

 レムリアの視線がミュークの纏う仕事着に落ちる。
 当人には不本意であろうが、胸元が強調された前掛け型の給仕ドレスがよく似合っていた。 特に肉感的な肢体の持ち主が身に着けると、ひと際魅惑的で人目を惹く仕立て具合になっている。 もしかすると、この衣装をミュークに着せたくて、雇い入れたのではないかと勘繰りたくなるほどだ。 要するに、この事態は、アルドンテの主人にとって想定内の客引きであるのだろう。

「そ、それに、常日頃、ボクたちにもっと酷いことをしているじゃないですか」

 珍しく立場が逆転して、レムリアも強気だった。

「レムの癖に生意気な。 そもそも、なぜワチキが働かねばならぬのじゃ」

 結局、ミュークが不機嫌な原因はそこに起因するようだった。

「まさか、プルプルさんを働かせるおつもりだったのですか?」

 レムリアが心底呆れたように尋ね返す。

「あの“人型災厄発生器”は端から戦力外じゃ」

 ミュークはさも心外だと言わんばかりに鼻を鳴らす。 己の感知せぬ場所で、全力で卑下されたプルミエールは、もっと心外であっただろう。

「そうなると、働き手はボクとルム、それにミュークさましかいないわけです。 だとすれば、プルプルさんの監視はルムに任せて、残りの者が働くべきです」

 レムリアの言い分は当然である。 力仕事ならば、ルムファムに適任だが、接客業となると、あの鉄仮面少女に勤まるわけが無い。 というか、高確率で死人がでる。

「ワチキは働きたくないのじゃ。 それに、ルムよりも心を籠めてプルミエール嬢の世話ができる」

 もう駄々を捏ねる子供と変わらない。 レムリアの正論に対しても、真っ向から曲論をぶつける始末であった。 そもそも、頭の中に、労働に勤しむといった発想そのものが無いのだから仕方ない。

「ミュークさまは問題行動を起こしたばかりなので却下です。 それにプルプルさんも、ルムにだけは一目置いているようなので、そういった観点からもルムが適任です」

 あの二人が互いに親近感を抱きあっていることは疑いようも無い。 “動”と“静”、一見して正反対な性質に思えるが、内に潜む唯我独尊な生き様はそっくりであった。 それに、胸元の辺りが洗濯板なことも共通点である。

「ならば、知的で可憐なワチキに適した高報酬な頭脳労働を探して参れ」

 と、無理難題を突きつける。

「高額報酬限定なら、個室でお客と朝まで会話する店員募集と、歌って踊れる露出狂の方を急募という貼紙がありました。 ただ、なぜか、どちらも若い女性限定で、ミュークさまお独りで働くことになっちゃいますけど、それでもいいのな―――ぎゃふん」

 ミュークの肘鉄がレムリアの鳩尾を抉る。 それは、明らかに如何わしい水商売の類である。

「ワチキは愛でるほう専門じゃ。 他人に身体を触れさせるのは趣味ではない」

「うぅ……。 身元不詳では、まともな仕事にはありつけませんよ」

 腹部を押さえて蹲るレムリアが、ミュークの身勝手な言い分に愚痴を零す。

「どちらにしても、これ以上ここで働くのは御免じゃ」

 立ち上がったミュークは、逃げるように厨房脇の裏口から姿を消してしまった。

「待ってくださいよー」

 慌ててその後を追うレムリア。 抜け出た裏路地は、屍族の少年の心裡を映し出すように、陰鬱な閉塞感に満ち溢れていた。


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