初稿:2009.11.15
編集:2013.06.01
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※月ノ章の本編です

2-03【灯台】


『ここは……?』

 ミュークが目を見張る。 回復した網膜が焼きつけた光景は無機質な異様を誇っていた。 幾何学的に交差する大小様々な歯車が、時を告げる円舞曲を踊りながら視界を埋め尽くしている。

『これでは、大灯台ではなく時計台じゃな……。 いや、此方側が真の姿なのかや?』

 そう考えれば、がらんどうだった大灯台の内装にも合点がいく。 現実世界の大灯台は、精神世界で構築された時計台の支持構造を収容する殻であったのかもしれない。

 ―――ようこそ、時を刻む運命の間へ

 場違いに明るい声が、異界の韻律に混ざって降り落ちる。 小さな人影が、歯車から伸びる軸棒のひとつに優雅に腰掛けていた。 それは、赤と紫で彩られた奇抜な道化服を纏った年端も行かぬ少年であった。

『それが、其方の本当の姿かや?』

 仰ぎ見たミュークが訊ねる。

 ―――ボクたち夜(アルカナ)の意志に肉体という概念はないから。 特定の姿形に意味はないよ。 でも、精神世界で顕現したこの姿は、ボクが生物として最期に象っていたカタチでもあるから、当らずも遠からずだね。

 “運命の輪”の少年は人懐っこい笑顔でミュークを迎えていた。 黄昏色の前髪から覗くつり目気味の目元に尖った耳端、輝くような白蝋の肌は妖精族と屍族の特徴を併せ持った特異な容姿である。

『最初からその姿で現れておれば、随分と愛想も良かったのじゃがな。 しかし、中身が小童ならば、会話の端々で露呈していた感情の揺らぎにも合点がいく』

 ―――君たち屍族は、外見で相手の正体を推し量ることの無意味さを心得ている筈だよ

 ミュークの皮肉にも動じることなく、“運命の輪”の少年は切り返す。

『もっともじゃな。 それで、其方の試練はどのようなものになるのじゃ?』

 ミュークは重い息を吐いて本題へと入る。

 ―――ああ、そうだったね。 ボクの提示する試練はキツネ狩りだよ

『キツネ狩り?』

 ミュークが訝し気に訊ね返す。

 ―――そう、ボクが狐で屍族のお姉さんは狩猟者。 どう、わかり易い構図でしょ?

『なるほど、鬼ごっこというわけか』

 血統アルカナの試練には幾つかの系統がある。 守護者の打倒や知恵比べなどが最も代表的な例だが、資格者として認められる為に、一風変わった条件を突き付けられることもある。 “運命の輪”の試練は、どちらかに区分するならば、後者に属するものであろう。 しかし、一見、幼稚な発想ではあるが、仮にも相手は“夜の意志”である。 到底、一筋縄でいくとは思えない。

 ―――でも、このキツネ狩りには3つの不文律があるんだ

 “運命の輪”の少年はピンと三本指を立てると、意味深げに続ける。

 ―――ひとつ、【狐は狩猟者の質問に対して嘘はつけない】 ただし、質問の内容は“はい”又は“いいえ”で答えられる単純なものに限られる

 ―――ふたつ、【狩猟者は時を告げる鐘が奏でる三度目の音を耳にしてはならない】 鬼はこの制限時間を越えると、永遠に元の世界には戻れなくなるから気をつけてね

 案の上である。 どうやら命を賭けた鬼ごっこに挑めということらしい。

 ―――最期はある意味、一番大事なこと。 そうだね、言葉で説明するのも面倒だから。 屍族のお姉さんの真名は確か……ミューク・ウィズイッドだったよね?

『そぅ―――なっ!?』

 口を開きかけたミュークの四肢を、何処からともなく現れた黄金の輪が拘束する。

 ―――それが三つ目だよ。 この空間では自分以外の誰かに名指しされると、“運命の輪”(フェイトリング)に拘束される。 ちなみに、これは狐と狩猟者、どちらにも適用される不文律

『しかし、この程度の軟弱な束縛など逃れる術は幾らでも……くっ、なんじゃと』

 ミュークの余裕の表情が一変、口唇から苦鳴が漏れる。 束縛から逃れようと、身を捩った瞬間、身体に掛かる圧力が増したように感じたのだ。

 ―――物理的な力で、フェイトリングは断ち切れないよ。 例え空中に居ても、その場で拘束されて空中磔状態さ。 もっとも、外部からの圧力で移動することは可能だから、言うなれば無重力に近いかな。 どちらにしても、ボクでさえ、それに捕まったら解呪の言霊を唱えない限り逃れられない

『解呪じゃと?』

 ―――そう、フェイトリングに捕縛された状態で「我、フォルトゥナの剣なり」って、唱えればいい。

『ふむ……我、フォルトゥナの剣なり』

 半信半疑ではあったが、ミュークは言われるままに解呪の言霊を呟く。 すると瞬く間に、彼女を拘束する黄金の円環は跡形も無く消失した。

『じゃが、これでは些か不公平ではないかや?』

 血統アルカナの“真名”は継承者にのみ明かされる秘匿名である。 故に現時点でミュークに“運命の輪”の少年を足止めする術はない。 一方、相手方は、ミュークの正式名(フルネーム)を心得ているのだ。 僅かな時間といえども、狐の方は幾らでも狩猟者の足止めが出来るのである。 到底、対等な条件とはいえない。

 ―――これは、屍族のお姉さんが、自らの意志で望んだ試練なのだから、不平不満は我侭だよ。 それに、今回は特典付きだしね。 あっ、ほら来た♪

『もらったぁ〜!!』

 勝ち誇った雄たけびが、けたたましく反響しながら急降下してくる。

 ―――……っと

 “運命の輪”の少年は軸棒を基点に一回転して、頭上から躍り掛かる人影をやり過ごす。

 ―――今回に限り、特別に二人がかりなんだから、これでもかなり融通を利かせているんだよ

 そして、何事も無かったように、片目を瞑ってみせた。

『うにゅ〜、すばしっこいヤツですね』

 ミュークの眼前に着地したプルミエールが地団駄を踏みつつ悔しがっている。 どうやら、一足先に同様の試練に挑んでいたらしい。

『もはや遣り直しは効かぬようじゃな』

 ―――うん、少なくともその子の試練はもう始まっているし、後戻りできないよ

『肉体労働は担当外なのじゃが、致し方あるまい』

 嘆息したミュークが肩を回して筋肉を解していると、

『ああー!? こんなところにいたのですか!』

 振り向いたプルミエールが、幼げな顔を紅潮させてミュークへと詰め寄る。

『それはこっちの台詞じゃ』

 そこにミュークの三白眼が真正面から突き刺さる。 だが、プルミエールに動じる気配は微塵もない。 残念ながら、自戒とか改悛とか自己責任を司る心理的作用が動作不良であるようだ。

『まったく、プルがどれだけ捜したと……ブツブツ。 これから“みゅーみゅー”には首輪をつけないといけませんね』

 如何なる状況下でも失われない独創的な思考回路であった。

『いろいろと、問い質したいところじゃが……。 先だっては、その呼び名をどうにかせい』

 ミュークは砂糖菓子に蜂蜜を塗りたくったような愛称の訂正を促す。 同時に少女の奇抜な命名感覚が、突発的に発生した事故か天災の類であることを願う。

『うにゅ? やっぱり、ウィズウィズの方が……。 はっ!? まさかっ、ワチワチ!!』

 プルミエールは小首を傾げつつ腕を組むと、それが純然たる人災であることを立証した。

『……いや、ミューミューで結構じゃ』

 諦めたミュークが堅実的な妥協点を見出す。 物事の論点や焦点といったものが絶滅危惧種と化す前に、先手を打ったようだ。

『みゅーみゅーはゆーじゅーふだんですね』

 不本意にも、プルミエールに理不尽な苦言を呈される。

『そうじゃ、人族の娘よ、お主に頼みがある』

 なけなしの自己犠牲が見事に殉死したミュークであったが、ふと、何かを思いついたように、人の悪い笑みを浮かべた。

『プルプルでいいです』

『そ、それではプ、プル……プルミエール嬢、耳を貸すのじゃ』

 話の腰を折られまいとミュークは適当に相槌を打つが、

『むっ、あげませんよ』

 矢継ぎ早に襲い来る想定外のお馬鹿発言。
 結局、ミュークは半ば無理矢理にプルミエールの耳朶を摘み、こそこそと耳打ちを始める。

『……どうじゃ?』

『うにゅ、わかりました♪』

 プルミエールは元気に頷くと、額に手を翳して頭上を仰ぎ見る。 好奇心に満ちた眼差しの先には、異貌の少年の姿。 人族と屍族が繰り広げる凸凹漫才を、機械盤の上に陣取って観覧していたようだ。

『きまりました!』

 プルミエールの人差し指がびしっと“運命の輪”の少年に突きつけられる。

『見世物小屋1号の名まえは“コンコン”にけっていします♪』

 ―――えっ、ボク?

 蚊帳の外の傍観者が、哀れな当事者に成り下がった瞬間であった。

『このキツネ狩りを提案した其方には、存外にお似合いじゃと思うぞ』

 ミュークはくつくつと喉奥を震わせて賛同する。 試練内容と対象者の特徴的な風貌に着目した想定外に理知的な命名である。

 ―――ボ、ボクのどこがコンコンなんだよ!? て、ゆーか見世物小屋1号って……。 そもそも、ボクには、あるお方から戴いたとっても栄誉な名前があるんだぞ!!

 もっとも、名付けられた当人には不満があるようだ。 頬を痙攣させて、反論の声を挙げている。 勿論、誰も取り合うことはない。

『むっ! コンコンは、コンコンのどこが不満なのですか!?』

 プルミエールがさも心外だと言わんばかりに嘆息する。

 ―――全部、何もかも、余すとこなく、そっくりそのまま不満なんだよ!!

『むー、これだから下民は……』

 何処ぞの怪しい宗教団体で洗礼名を賜る自称信徒の如く、喜びに打ち震えて堅信するとでも考えていたのであろうか? ミュークはプルミエールの頭の中を覗いてみたい衝動に駆られる。 しかし、惜しむらくは、彼女のそういった“力”の大半は、現在、別の対象に向けられていた。

『口でわからぬ輩には実力行使しかあるまいて、どうじゃな?』

 ミュークは背後からプルミエールの頭をポンと叩き、無責任に焚きつける。 猟犬(プルミエール)を追い立てて、狐を狩る算段らしい。

『うにゅ、オシオキがひつようですね♪』

 我が意を得たり、プルミエールは膝に撓めた力を解放すると、歯車を跳ね上る。 少女の小さな身体は瞬く間に、目標へと到達した。

 ―――うわっ!?

 “運命の輪”の少年は軸棒から立ち上がろうとして踏鞴を踏んで体勢を崩す。 それもその筈、プルミエールの人間離れした身体能力には、同行するミュークも教会船での一件で驚かされたばかりだ。

『血の渇きに囚われるのは避けたいが、贅沢はいっておられぬか』

 上層で展開する攻防に向けられたミュークの紅眼が冥い炎を宿す。

 ―――君、面白いね

 “運命の輪”の少年は、肉薄したプルミエールのハチャメチャな多段攻撃を、跳ねて屈んで転がって、どうにかやり過ごす。

『喰らえー! 必殺アリアリ殺しーっ!!』

 叫ぶや否や、軸棒の上で器用に前宙したプルミエールの踵が綺麗な弧を描く。

 ―――よっと

 “運命の輪”の少年が余裕をもって大きく跳び退る。 前もって必殺技の宣言をされているので、この警戒は当たり前である。

『うぎゃん!?』

 目標を喪失したプルミエールが、勢いあまって顔面から着地する。

 ―――うわ、痛そ……

『ぐぬー、ちょこまかと!』

 プルミエールは足腰の発条だけで跳ね起きて、瞬時に復活を果たす。 ゴキブリ並みの生命力であった。

 ―――こっこまでおいで♪

 “運命の輪”の少年は軽業師の如く、積層旋盤を跳ね上る。

『ムカー! に・げ・る・なー!!』

 プルミエールが上層基盤へと消えた獲物を追走する。

 ―――あっ、そこ危ないよ

『ンガっ!! らふぁう〜ぇ……ぇぇぇ……』

 手近な丸穴車に飛び乗ったプルミエールに、巻き上げ機の軸棒が直撃。 解読不明な悲鳴が重層旋盤の奏でる金属音に吸い込まれる。

 ―――え〜と……大丈夫かな

 “運命の輪”の少年は、巨大な旋盤が多重回転する主軸台の上に降り立つと、心配そうに周囲を見渡す。 人族の少女は、回転する機械盤に揺られながら、潰れたカエルのように痙攣を繰り返していた。

『まさか、あんなワナがあるとは……』

 横たわったまま苦しげな呻き声。 流石に堪えたらしく、起き上がってくる気配は無い。

 ―――いや、罠というより君の不注意だけど。 それにしても、ボクの知る人族とは、いろいろな意味で掛け離れているね。 この大灯台に篭って数百年しか経っていないのに、人族も随分と興味深い固体へと変化したみたいだ。 もし、よかったら名前を教えて欲しいな

 どうやら、プルミエールを人族の平均個体として認識しているらしい。 だが、この突然変異体を人族代表として検体活用しようものなら、人類全体から、名誉毀損で訴えられても文句はいえない。 惜しむらくは、この場に不当性を糾弾できる人類が存在しない点である。

『よい……こころ、がけで……す。 ……プ、プルはプルミエール・リュズ……レイです』

 仰向けに伏したままのプルミエールがたどたどしく名乗りをあげる。 無駄に偉そうだが、この時を刻む運命の間で名を知られる意味をまるで理解していない。

『この大ウツケ者がっ!!』

 堰を切った叱咤、それは主軸台の裏側から聞こえてきた。

 ―――っな!?

 声の正体に気がついた“運命の輪”の少年が驚愕の表情で足元を見下ろす。 回転する旋盤の裏側から、伸ばされた白い腕。

 ―――ミューク・ウィズイッド

 “運命の輪”の少年が飛び退きざまに叫ぶ。 獲物に掴み掛からんとした狩猟者の動きが不自然に停止する。

『ちっ、抜かったわ』

 あと一歩のところで、ミュークの身体がフェイトリングによって拘束されていた。

 ―――あそこで声を上げなければ、勝負は決していたのに惜しかったね

 “運命の輪”の少年が心底残念そうに首を横に振る。

『くっ、五月蝿いわ! 我、フォルトゥナの剣なり!!』

 解呪の言霊を唱えると、ミュークは苦虫を噛み潰したような表情で、“運命の輪”の少年を睨みつける。 諭されるまでもなく、千載一遇の好機を逃したことは理解していた。 ただ、プルミエールの度を越したボケっぷりに、ツッコミが口を衝いてしまったようだ。

 ―――あの子より動きが鈍いよ。 屍族のお姉さんは運動不足かな?

 “運命の輪”の少年は、掴みかかるミュークの手指を弄ぶように紙一重で躱す。 屍族は血脈の純血性が、肉体の保有する能力の絶対値に直結する。 しかしながら、その最高峰に位置する二十二家の純血屍族であっても、生まれ持った怠惰な性格が災いすると、この体たらくであった。

『可愛いげのない餓鬼じゃ』

 ミュークは“運命の輪”の少年との間合いを詰めようと図る。 しかし、回転する旋盤上での足取りは覚束なかった。 元来、肉体派ではないミュークにとって、単純明快な鬼ごっこという試練内容は、相性の悪い部類に属するだろう。 故に焦りが生まれ余計に動きが鈍る。

 ―――よっと

 “運命の輪”の少年は、突き出た機械軸の上から、軽やかな身のこなしで、振り子運動を続ける鉄球に飛び乗った。 正しく常人離れした身体能力であった。 振り子が最高点に達する最寄りの時機を見計らっても尚、ミュークの跳躍力では届くかどうか疑問を抱く距離である。

『しかし、随分と念の入ようじゃな。 あのような子供の名を訊きださねばならぬほど余裕がないとみえる』

 ミュークはその場に立ち止まって“運命の輪”の少年を挑発する。 無論、この場合、あっさりと口を割るほうにこそ問題があるのだが、そちらを糾弾するのは、精神的な費用対効果と還元率の関係で回避したようだ。

 ―――ボクは“肯定”する。 用心深いかな? でも、あの子、普通じゃないよ。 本当に人族なの?

 慮外、素直な反応に、ミュークの脳内で結実した嫌味が行き場を失い煩悶する。

『不本意ながら賛同じゃ。 そして、出来うるなら、最後まで侮っていて欲しかったのじゃがな』

 ミュークも己が運動音痴であることは存知している。 故にプルミエールの未知数の活躍に期待を寄せていたのである。

 ―――あの子にもこの空間の不文律は説明したんだよ。 まぁ、聞いてた様子はなかったけど……ああも、あっさり口を割られると逆に疑わしいけどね。 あの子ってもしかして馬鹿?

『不本意ながらそれにも賛同じゃ』

 と、ミュークの身体が強張る。 
 鐘の音―――荘厳な音階が長い尾を引きつつ時を刻む運命の間で反響していた。

『一度目の鐘の音か……』

『みゅーみゅー!!』

 鐘の余韻が残響するミュークの鼓膜に、プルミエールの怒声が突き刺さる。 ミュークが背後を振り返ると、復活を果たしたプルミエールが、不規則な回転を続ける歯車の上を器用に踏み込みながら近づいてきた。 その有り余る生命力を僅かでも知能に振り分けていれば、隣国にも名が通る美姫となっていたことだろう。 もっとも、現実では、別の意味で有名である。

『ムカー! プルは子供じゃないですよ!!』

 どうやら、地獄耳でもあったらしく、ミュークの繰言を聞き咎めていたようだ。

『そ、そうか、それは悪かったの。 それで、大人なプルミエール嬢に聞き忘れたことがある』

 無駄な労力は最低限に止めて、ミュークはさっさと話題を切り替える。 勿論、以降の会話が円滑に進むように、おべんちゃらも忘れない。

『うにゅ、くるしゅーない。 きいてあげないこともないです』

 プルミエールの機嫌がわかりやすく反転した。 相手を見下したような言葉遣いも、口調が舌足らずで子供っぽい為か、何処か憎めない。 それは、この少女の発する快活な雰囲気や生来備わった徳望の成せる業であるのだろう。 王族としては得難い資質だが、天才の方と紙一重の頭脳が邪魔をして、理知的対話が成立しない点が厄介である。

『う、うむ。 お主、鐘の音を聞いたのは今が初めてかや?』

『カネ? お金ならお城にたくさんあまってます。 欲しいならあとであげますよ♪』

 血税を搾取されるアダマストルの民には聞かせられない台詞だろう。 だが、気前が良い分、私腹を肥やす悪徳為政者よりは、随分とマシかもしれない。

『それは有り難い申し出じゃが、ワチキが云っておるのは、貨幣を指す“金”ではない。 其方の街の教会や学問所などにもぶら下っておった椀型の金属器具のことじゃ』

 ミュークはひくつくこめかみを軽く押さえて、会話型方向音痴の思考を是正する。

『うにゅ。 けしからん“カネ”のほうですか!? アレが鳴るせいでプルは、きゅーくつな生活をさせられているのです!!』

 意志の存在しない金属の塊が、謂われもなく糾弾されている。 しかし、無機物への助け舟を出すほどミュークも暇ではない。

『うむ、恐らくそのけしからんほうじゃろう。 で、鐘の音を聞いた覚えはあるのかや?』

 ミュークは急速に芽生えた徒労感を抑え込み、再度、同様の質問する。

『う〜ん……むーうー……ぅ……ぅぅ……はっ!? うに……ん―――』

 プルミエールは小首を左右に傾げながら記憶の照合作業に入った。 途中、幾度か全機能を停止しかけてミュークに張り倒されたが、暫くしてポンと手を打つ。

『そういえば、ミューミューが来るちょっと前にも鳴ってましたね』

『なるほどの』

 ミュークは軽く息を吐くと、視線を前方へと向ける。 “運命の輪”の少年は、振り子の金属球に腰を下ろして鼻歌を口ずさんでいた。

『この空間の不文律は、個別に適応されておるのかや?』

 ―――ボクはそれを“肯定”する。 その子は一足先に時を刻む運命の間に招待されている。 よって、元の世界に戻るための猶予は屍族のお姉さんよりも短いよ

 想定はしていたが、ミュークにとって聞きたくもない答えが返ってくる。 要するに、ミュークに残された時間は、プルミエールにとっての限界猶予―――つまり、次の鐘が鳴るまでというわけだ。

『致し方ない。 ならば次で勝負を決するしかあるまいな』

 ―――ん?

 “運命の輪”の少年が怪訝そうに眉根を寄せる。

『これからワチキは奥の手を講じる。 じゃが、今のままではワチキたちに万に一つの勝機もない。 そこで一定の譲歩が欲しいのじゃ』

 ―――譲歩?

『其方がプルミエール嬢に対してフェイトリングの不文律を使用しないという確約じゃ』

 ミュークはいけしゃあしゃあと言い放つ。

 ―――随分な無茶振りだね。 ボクがそれを受け入れる利点はあるの?

 “運命の輪”の少年は軽く肩を竦めて、首を左右に振る。

『ある。 其方の楽しみが増す筈じゃ。 結果の分かりきった勝負事ほど詰まらぬものはないからの。 加えて、その一度の攻勢で其方を捕らえること適わねば、ワチキが潔く諦める特典付じゃ』

 ミュークはここぞとばかりに、一連の会話から伺えた相手の自尊心を刺激する。 “運命の輪”を司る夜の意志が、その姿形通りの人柄であること。 つまり、不確実性を好む子供特有の好奇心の持ち主であることを見抜いていたのだ。

 ―――後者は別として前者は確かにその通りだね

『どうじゃな?』

 ―――いいよ、屍族のお姉さんの希望を全面的に受け入れる。 それに、その条件下でもボクを掴まえることは、不可能に近いしね

 その口振り同様、“運命の輪”の少年には余裕の色が窺えた。

『感謝する』

 ―――いつでもどうぞ♪

 “運命の輪”の少年は片目を瞑ってミュークの返礼に応える。

『では、遠慮なくいかせて貰うとしようか。 プルミエール嬢、覚悟はよいか?』

『にゅにゅ?』

 ミュークは傍らに佇むプルミエールの身体を徐に担ぎ上げる。 そして、最遠点から振り落ちた鉄球が、最高速に到達する半円の下頂点に差し掛かった瞬間、“それ”を無造作に投げつけた。

『ふにゃあぁぁ〜ああ……ぁぁぁ〜』

 ―――なっ!?

 この行動は流石に想定外だったようで、“運命の輪”の少年は、身体を仰け反らせてプルミエールの短躯をやり過ごす。

『プルミエール・リュズレイ、ここに眠る』

 ミュークはわざとらしく瞑目すると、故人に追悼の意を捧げる。 酷い話であった。

 ―――まさか、これが奥の手だったのかな?

 “運命の輪”の少年は頬に汗を伝わせて確認する。 意表は突かれたが、これでは些か芸がない。

『いいや、これからじゃ。 インクル・ノス・クルンよ』

 ミュークは人差し指の先を噛み切ると、更に凛として言い放った。 具現化した黄金の輪が、振り子の鉄鎖を巻き込んで対象の自由を束縛する。

 ―――ボクの“真名”を!?

 跳躍するミュークの姿を視界の正面に捉えた“運命の輪”の少年の顔が驚愕に歪んだ。

 ―――ミューク・ウィズイッド!

 “運命の輪”の少年は、己を縛る円環の解呪ではなく、ミュークの動きを封じることを優先する。 拘束を解いても、捨て身で飛び掛るミュークから逃れる術はないと、瞬時に判断したのだろう。

『ちっ』

 掴みかかるミュークの指先が空を掴んだ。

 ―――残念。 “真名”を盗み取ったまではよかったけど、詰めが甘かったね

 勝利を確信した“運命の輪”の少年が笑みを浮かべる。 ミュークの身体は、後一歩のところでフェイトリングによって空中に縫いとめられていた。

『果たしてそうかな?』

 ミュークが不敵に微笑む。

 ―――?

 心理的余裕を取り戻した“運命の輪”の少年は、その時になってはじめて、周囲の機械音に混じり、たどたどしく呟かれる声の存在に気がついた。

『ぅ……にゅ……れ……ぃ?』

 それは、足場の鉄球が振り戻る先、つまり後方から聞こえた。
 振り返った“運命の輪”の少年の双眼に、黄金色に輝く円環に拘束されたプルミエールの姿が映り込む。

『ワチキのとっておきじゃ、存分に味わうがよい』

 振り子は慣性の法則に従い、半円弧の軌道上に存在する障害物との距離を狭め―――“運命の輪”の少年こと、インクル・ノス・クルンは、成す術も無くプルミエールと正面衝突していた。

 ・
 ・
 ・

『やれやれじゃな……』

 フェイトリングを解呪したミュークは、重層旋盤に降り立つ。 身体の節々が不愉快な軋みを訴えていたが、奥歯を噛み締めて苦痛に耐える。

 ―――捕まったのとはちょっと違うけど、ボクの負けみたいだね 

 飛鳥の如く滑空したインクル・ノス・クルンが開口一番そう切り出した。

『口は減らぬが、心掛けだけは殊勝じゃな』

 ―――口が悪いのはお互い様だよ♪ でも、どうやってボクの真名を?

 インクル・ノス・クルンは正直な疑問を口にする。 敗北の一端を担った要因に興味があるのだろう。

『それに関してはプルミエール嬢の功績じゃな。 あの馬鹿娘が其方の心を掻き乱してくれたお陰で、血統アルカナ“女教皇”の記憶探知を遠隔から行使することができた。 この能力は対象が脳裏に連想した記憶ならば、視線を合わせるだけで盗み視ることが可能じゃ』

 ―――心を読む力か……厄介なチカラだね。 屍族のお姉さんは“彼女”に認められてはいないけれど、選ばれてはいるってことかな

 インクル・ノス・クルンは得心したように何度も頷く。

『あの者はワチキが真の継承者足りえるかを、常にここから見定めておる』

 ミュークは親指を内に返して豊かな胸元を指すと更に続ける。

『ワチキはその宿代として“女教皇”の力の一端を行使できるのじゃ。 もっとも、急激な血の渇きに苛まれる故、一日に一・二度使用するのが限界じゃがな』

 ―――ふ〜ん、訳ありみたいだし、これ以上は聞かないでおくよ。 それに、気になる存在はもうひとりいるしね

 インクル・ノス・クルンは興味深げに頭上を仰ぎ見る。 ミュークも釣られるように視線を上げた。

『デカチチ! はやく、たすけるですー』

 途端に、罵声の雨霰が降り注ぐ。 その手の趣味でもあるのか、プルミエールは解呪の言霊を唱えることもなく、複数のフェイトリングに絡め取られたまま宙ぶらりんの状態である。 見ようによっては、意志を持った黄金の円環に緊縛される美少女という、不謹慎で居た堪れない構図である。 最も、「コロス」だの「シネ」だのと物騒な単語を撒き散らすので、意識的に放置されていたのだ。

 ―――でも、固体として相成れない筈の、屍族と人族が、こんなに息の合った連携を取れるとは思わなかったよ

 インクル・ノス・クルンは視線を正面に戻すと、呆れたような顔で愚痴を零す。 元来、屍族と人族は捕食者と被捕食者の関係であり、決して交わる事は無い。

『残念じゃが、意志の疎通など端からしておらぬぞ。 なにより、あの娘を意のままに操るなど、到底不可能じゃ。 ワチキはただ、信じて疑わなかった。 プルミエール嬢の常軌を逸した頑丈さと、脳足りん振りをな』

 ミュークはインクル・ノス・クルンに気取られぬよう幾重にも奸策を弄した。 しかし、それとは知らずプルミエールが解呪の言霊を唱えれば、この作戦は御釈迦であったのだ。

 ―――ふ〜ん、最初から屍族のお姉さんは、ボクの注意を逸らす為の囮役だったわけだね

 インクル・ノス・クルンはその場に座り込むと感心したように口唇を緩める。

『最初に切ったカードを最期の最期で切り札として再利用したまでじゃ。 それを捨て札と判断したのは早計じゃったな』

 ミュークは栗色の髪に指先を入れてかき上げると、微笑しながら付け加えた。

『うにゃ、無視するなー』

 怒気を孕んだ訴えが、舞台に降りかけた緞帳を引き裂く。 当人を蚊帳の外に、発展する会話に腹を立てたようである。

『それで、アレは其方の力でどうにかならんのか?』

 再度、頭上を見上げたミュークが、げんなりとした表情で尋ねる。

 ―――前にも言ったと思うけど、フェイトリングはボクの意志でどうにかなるものじゃないんだ

 不気味に輝く円環は、獲物を締め上げて逃さない。 プルミエールが抗う度に法衣が捩れ上がって、挙句の果てには、大股開きでショーツを晒す破目に陥っていた。

『な、ななな……!?』

 プルミエールが、羞恥から顔を真っ赤にしている。

『解呪の言霊は他人が唱えても効力があるのかや?』

 ―――残念だけど、囚われた当人じゃないと意味がないよ

『……じゃろうな。 だとすれば、果てしなく厄介なことになる』

 この場の誰かが、あの天才の方と紙一重の少女に、直接、言霊を覚え込ませるといった偉業を成し遂げねばならない。 そして、それはミュークの役回りであろう。

 ―――そんなに大変なことかな? この程度の短い言霊なら、一度聞けば子供でも覚えられる筈だよ

『そう思うのなら、其方が試してみればよかろう』

 ミュークの返答はつれない。

 ―――え、え〜と、プルプルさん。 その金色の輪っかを外す方法があるんだけど、聞いて頂けますか?

 インクル・ノス・クルンは、噛み砕いた調子でプルミエールに語りかける。 ミュークの投げ遣りな対応に得体の知れない不安を感じたのだろう。 石橋を叩いて渡る覚悟のようだ。

『ムム!? きいてあげないこともないです』

 予想通り理不尽に偉そうだが、下手にでたことが幸いしたようで、会話が成立した。

 ―――それは「我、フォルトゥナの剣なり」って言うと、消えるようにできているんだ

『なぬ、そーゆーことはもっと早くおしえなさいです!!』

 不都合棚上げ娘が、唾を飛沫かせて噛み付いてきた。

 ―――いや、試練の最初に説明したんだけどね

『まったく、こんかいだけは、とくべつにゆるしてあげるです』

 都合の悪いことは聞こえていないようだ。

 ―――あ、うん、ありがとう

『ゴホン、え、え〜と……、プ、プルは、フォ、フォルテナ?……の剣です』

 前言撤回、都合の良し悪しは関係ないようだ。 どうやら、頭部に記憶装置を積んでいないらしい。
 暫しの沈黙の後―――

『ムカっ! プルをダマしましたね!!』

 当たり前であるが、少女の身体を拘束したフェイトリングは今も具現化したままである。

 ―――いや、なんかいろいろと間違っているから。 それと、一人称は“プル”じゃなくて“我”だよ。 言霊は一字一句正確に唱えないと意味がないんだ

『まちがってないです! “プル”は“ワレ”じゃないです』

 ―――え、え〜と、確かにその通りではあるんだけど……。 い、いや。これはそういう問題じゃない気もする

 インクル・ノス・クルンが当惑気味の視線をミュークへと戻す。 早くもお手上げといった意思表示だ。

『そういうわけじゃ、他の手段を講じるしかあるまい?』

 ミュークは苦笑して思考の転換を促す。 彼女は最初からこうなることを予期していたのだろう。

 ―――そうだ! それなら“運命の輪”の継承能力を使えばいい。 論より証拠、まずはボクを受け入れて欲しい

『他に妙案が浮かばぬ以上、其方の案に乗るしかあるまいな』

 小さく頷いたミュークが教会衣の袖口を肘上まで捲り上げる。 そして、露になった白蝋の下膊に躊躇無く吸血牙を突き立てた。 染みひとつ無い美しい肌に引かれる二筋の朱線。

『契約の証じゃ』

 差し出されたミュークの手首から滴り落ちる赤い液体を、インクル・ノス・クルンが指先で掬い取る。

 ―――ボクは周期と永続を司りし夜の意志、“運命の輪”インクル・ノス・クルン。 この真名と交わされし血の契りに懸けて、屍族のお姉さんが滅びの時を迎えるまで、共にあることを誓うよ♪

 インクル・ノス・クルンは、まるで化粧を施すように己の薄い唇に血紅をさすと、優雅な所作で腰を折り一礼する。 次の瞬間、少年の陰影は光の粒子となって、ミュークの身体に溶け込んでいく。

『くっ……』

 ミュークの双眼で冥色の陽炎が揺れる。 胸の奥で熱い脈動が弾け、それは痺れるように全身へと浸透していった。

 (―――さっそくだけど、解呪の言霊を唱えてみてよ)

 インクル・ノス・クルンがミュークの脳内に直接語りかけてくる。

『うむ、我、フォルトゥナの剣なり』

 天瞬、白銀色に輝く光の繭がミュークの掌を包み込む。 やがて眩い白光は、半円状の握り手から3振りの刃が伸びる異形の刀剣へと姿を変えた。

『これは……、剣なのかや?』

 淡い燐光を放つ刀身から放射される冷気がミュークの魂を震撼させた。

 (―――それが【フォルトゥナの剣】の真の姿だよ。 斬りつけた相手の時を壊し消滅させる力。 簡単に説明すると、対象が経験した過去の一部を切り取ってなかったことに出来るんだ。 フェイトリングは“運命の輪”の意識の一部だから、その剣の干渉を受ける筈さ。 まぁ、物質的な殺傷能力は無いから武器としてはてんで役立たずだけどね)

『くぁっ……』

 突然、ミュークは身体をくの字に折り曲げると、大きく肩で息をする。 同時に実体化した【フォルトゥナの剣】が霧散して消失した。

 (―――ああ、言い忘れていたけど、【フォルトゥナの剣】の発動と維持には、肉体と精神、その両方に大きな負担が掛かるから、あまり長い時間実体化させておくことは不可能だよ。 まぁ、それは血統アルカナの全ての能力にいえることだけどね)

『時間に干渉出来得る程の力であるのなら贅沢は云えぬ。 では、プルミエール嬢を助けるとしようか』

 脳内に響く声に留意しつつ、ミュークは時計台の機械基盤を駆け上る。 接触型で尚且つ発動時間に制限がある能力であるが故に、対象に接近しなければ話にならない。

 (―――過信は禁物だよ。 【フォルトゥナの剣】の効果はあくまで断片的な時間干渉であって、相対的なものではない。 つまり、対象から過去を切り取っても、事象そのものは世界に残留する。 よって、同様の過去を共有した他者には、なんら影響を与えることは無いんだ)

 インクル・ノス・クルンは言葉を慎重に選びつつ、更に続ける。

 (―――あと、注意点をひとつ。 この能力の使用者は、対象から“消失させたい時間”を共有、又は限りなくそれに近いカタチで記憶していなければならない。 あやふやな知識で【フォルトゥナの剣】を使用すれば、とんでもないことになるから気をつけてね)

『了承した』

 振り子の鉄球に飛び乗ったミュークの双眼が鮮血色の燐光を帯びる。

『うにゅ、みゅーみゅー! ナントカするですぅ〜!!』

 プルミエールがイヤイヤと首を振りつつ助けを求めていた。 ミュークは視界の正面に対象を捕捉すると、

『我、フォルトゥナの剣なり!!』

 再び具現化した【フォルトゥナの剣】を上段に構える。 そのまま、躊躇することなく、振り上げた白銀の三枚刃をプルミエール諸共に円環へと振り下ろし―――“フェイトリングが具現化した瞬間から現在までの時間”を断ち斬った。

『おっと……』

 ミュークが自由落下する小さな身体を両手で受け止める。

『ふふふ、“女教皇”の力と掛け合わせるに、申し合わせたような能力じゃな。 って……これ、暴れぬなや』

 口元を緩めたミュークの腕の中で、プルミエールが出し抜けにジタバタと暴れだす。

『いきなりブン投げるとわー。 なにごとですか!?』

 件の記憶を切り取られたプルミエールにとって、この糾弾は至って正当である。

『あ、あれは、仕方なかったのじゃ』

 ミュークが苦しい弁明をする。

『ひとごろしですー』

『人聞きの悪いことを云うなや!』

 ミュークは聞き分けの無いプルミエールを押さえ込むのに必死だった。

 (―――ふぅ……。 ボクの役目はこれまでのようだね。 疲れたから暫く眠ることにするよ。 それと、用がある時は遠慮なく呼んでね。 ボクは常に屍族のお姉さんと共にあることをお忘れなく)

 インクル・ノス・クルンの呆れたような声が、ミュークの頭蓋に響く。

『ミュ、ミュークでよ……いぞ、げふっ―――はぁはぁ……このっ』

 一方のミュークは、どーでもいい周期と永続を体感中である。

 (―――それじゃ、ミュークお姉さん。 これからも宜しくね♪)

 そして、インクル・ノス・クルンの意志が途絶える。

『ん?』

 突如、ミュークの視界が万華鏡のように歪み回転する。 恐らく、インクル・ノス・クルンが意識が閉ざされたことにより、この空間を維持する為の、なんらかの力が失われたのだろう。

『うに!? 目が回るにゃーふぁにゃ……ぶふぅ〜』

 プルミエールの奇妙な叫び声と共に、時を刻む運命の間は消失した。

 ・
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 両眼をゆっくりと開く。

「なんじゃ、その顔は? もう少し嬉しそうな顔をせぬか」

 ミュークの視線の先に、今にも泣き出しそうなレムリアの顔があった。

「ミュークさ―――げふん」

 堰を切ったように駆け出したレムリアが、不意に体勢を崩して素っ転ぶ。
 その様子を傍目に、いの一番でミュークの元に辿り着くルムファム。

「ル、ルム、今、足を掛けただろ!?」

 レムリアの非難の声にも、ルムファムは素知らぬ振りである。

「うにゅ!? ミューミュー。 おなわにするので、そこになおりなさいです!」

 更に祭壇から勢いよく飛び起きたプルミエールが突っ掛かってくる。
 ミュークはいつも通りの現実に帰還したことを実感した。


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