初稿:2009.09.15
編集:2013.05.27
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※アリエッタSIDEです

1-06【余談】


『アリエッタ・ルーンフォルテ、前へでなさい』

 ―――ふぇ

 いきなり名指しされたアリエッタは、驚いたように左右を見渡す。 しかし、見えるのは白一色。 少女の世界は真っ白に塗りつぶされていた。

『アリエッタ・ルーンフォルテ』

 再度、自分を呼ぶ声。
 その凛と澄んだ響きから、咄嗟にある人物の姿が思い浮かんだ。

 ―――聖女様?

 アリエッタの脚が自然と前へ進む。
 なにも見えなかった空間に、少女が脳裏に描いた陰影が反映される。 華やかな刺繍が施された純白のドレスを纏った尊体。 聖女シャルロット・リュズレイ、その人であった。 左手には、聖アルジャベータ騎士団の正規員にのみに与えられる白銀の長剣『契約の剣』が見える。

『騎士の精髄とは、揺ぎ無く不変なるものであり、気高く高潔な魂そのものです』

 それは以前、先輩騎士の叙勲式に参列した時に聞いた文言だった。
 アリエッタは慌ててその場で片膝を折る。

 ―――これって……、もしかして……わたしの叙勲式!?

『その心は弱き者の盾となり、抱く剣は不義を裁く鉄槌として邪を振り払いましょう』

 聖女は淀みなく鞘から長剣を抜き払うと、抜き身の刃をアリエッタの左肩の上に軽く押しあてる。 頭上の天窓からは光の十字架となった太陽の恵みが降り注いでいた。

 ―――はわわ、やっぱりそうです♪ ついに、ついに……この日がやってまいりました!!

 などと、天にも昇る面持ちでアリエッタが感涙に咽んでいると、

『聞いておるのかアリエッタ・ルーンフォルテ』

 不意に目前の光景が暗転する。
 今度、聞こえてきたのは怒気を孕んだ嗄れ声。
 アリエッタが視線を上げると、見覚えのある白髪白髭の老人が携えた書簡を淡々と読み上げていた。

『本来、聖女の血筋を護るべき守護騎士団の末席に名を連ねる者が、主君の愚行をお諌めできぬばかりか、進んで騒動に加担するとは、聖ルジャベータ騎士団創設以来の不祥事であるぞ』

 ―――あ、あの……叙勲式は?

 唐突な場面転換に、眉根を寄せて疑問符を浮かべるアリエッタ。

『なにを言っておる? 世迷言など申さずに、しかと、自身の立場を弁えられよ』

 老人は要領を得ないアリエッタに対し、苛立たし気に咳払いをすると、

『アリエッタ・ルーンフォルテの従騎士資格を剥奪の上、公室付き世話係の任を解く』

 決然たる語調で現実を突きつける。

 ―――はぁ……てっ、なんですと〜!?

 後者はこの際どうでもいいのだが、前者は流石に聞き捨てならなかったようだ。

『その他、細かな処遇はミルフィーナ騎士団長殿に一任するが、宜しいかな?』

『はい』

 老人の言葉に呼応するように、聞き慣れた声がアリエッタの耳朶を打つ。 老体の傍らに守護騎士団の正装に扮したミルフィーナ・ド・グラドユニオンの姿が浮かび上がった。
 アリエッタは助けを求めるように視線をおくるが、

『アリエッタ・ルーンフォルテ、騎士団宿舎での謹慎を申し渡す。 追って、厳しき沙汰があるものと心得よ』

 ミルフィーナは逡巡など微塵も感じさせない静謐な口調で言い放つのであった。

 ―――が〜〜〜〜ん

 ・
 ・
 ・

「ぶはっ」

 アリエッタが肩で大きく息をしながら飛び起きる。

「はぅ、夢でしたか……」

 冷たい床の上で目覚めた理由はさて置き、アリエッタはほっと一息つく。

「でも、このままアレシャイムに到着しちゃうと“正夢”間違いなしです」

 アリエッタは小さく身震いする。 最悪の夢見だったが、今度は夢が現実にならぬように思索しなければならないのであった。

「ん?」

 だが、そこでふと、ある異変に気がつく。 室内が静か過ぎるのだ。

「プ、プルミエールさま?」

 心許なげに表情を曇らせたアリエッタが恐る恐る船室を見渡す。 物盗りにでもあったかのように開け放たれた衣装箱。 天蓋つきの寝台には脱ぎ捨てられた衣服が散乱している。 もっとも、部屋主の物臭な性格を考慮すれば、ここまでは許容範囲である―――しかし、横倒しになった黒檀の文机に、壁に空いた大穴は流石に戴けない。 おまけに露台へと続く大窓は開け放たれていた。

「そういえば、おでこにたん瘤が……」

 アリエッタは顎先に人差し指をあて、“自分が床の上で寝ていた理由”を思い出そうと、小首を傾げる。 喪失していた記憶が鮮明になるに連れて、幼げな顔が急速に青ざめていく。 一滴、二滴と大粒の汗が浮かび上がり、それらは瞬く間に、滝のようにダラダラと流れ落ちた。

「……お、おわりました」

 アリエッタはその場で膝を折り、がっくりとうな垂れる。
 聖女の血を引くアダマストル公国の第二王女を目の前で連れ去られた。 見習いとはいえ、守護騎士団の一員としてあるまじき失態である。 それは、プルミエールのお馬鹿計画に加担したことよりも、あきらかに大問題だと思えた。

 ―――ドンドン

「プルミエールさま、いらっしゃいますか?」

 アリエッタが絶望の淵で路頭に迷っていると、特等船室の扉を慌しく叩く音が響く。 悪戯を見咎められた子供のように少女の身体がびくんと震えた。

「ざ、残念ながら……、いらっしゃらなかったりしますですぅ」

 声ばかりか存在そのものが、消え入りそうなアリエッタであった。

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 こうかい日記 〜5日目〜(濃霧)

 夜が明けるとアメナディル号は大さわぎです。
 それというのも、プルミエールさまがナゾのふたり組みに誘拐されちゃったからです。

 わたしがその時の状況を説明すると、ザゼル司祭さまは口からアワを噴いて気を失ってしまいました。
 どうやら、“みゅーく・うぃずいっど”と名乗った犯人さんは、かなり有名な方だったらしいです。

 (でも、これはナイショですけど、そんなに悪そうな人には見えませんでした)

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 こうかい日記 〜6日目〜(晴れ)

 今日は、最寄の港に寄港してそーさく隊を組織するそうです。
 もちろん、わたしも志願するつもりです。

 このままおめおめと国には帰るわけにはいきません。

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 と、いうか恐くて帰れません。
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