初稿:2009.08.24
編集:2013.05.26
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※月ノ章の本編です

1-04【妹姫】


「むむっ、アレはなんですか? アリアリ」

 コルセット風ドレスを纏った金髪の少女が、剣呑な面持ちで扉口を指差す。

「え〜と……はい、確認してきます」

 アリアリと名指しされた茶髪の少女が危なっかしく走りだす。 手足をドタバタとせわしなく動かす姿は、宛(さなが)ら羽ばたきの練習をする雛鳥のようである。 そして案の定というか想定内に、毛足の長い絨毯の切れ目に足をとられて蹴躓いた。

「はわっ!!―――ンガっ」

 そのまま受身もとらずに顔面を板床で強打する。 伏したままヒクヒクと痙攣を繰り返す小さな身体。

「だ、大丈夫かや?」

 流石に居た堪れなくなったのかミュークが尋ねる。

「だ、だいじょうぶ……です」

 茶髪の少女はよろよろと立ち上がると、震えた声で返答する。 間近にすると、眠たげに垂れる目元と、寝癖のような跳毛が印象的な少女だ。 潤んだ碧眼が捨てられた子犬のようでもある。 キラリと光る広めのおでこが真っ赤に腫れあがっている点はご愛嬌だ。

「あ、あの……、わたしはアリエッタ・ルーンフォルテと申しますぅ」

 栗髪の少女は間延びした声で名乗りをあげる。 それから、威儀を正して深々と頭を垂れた。
 この丁寧な返礼は、名を示したミュークに対してだろう。 頼りなさそうな外見とは裏腹にしっかりとした礼節をわきまえているようだ。

「……ん?」

 ミュークの視線がアリエッタの纏う上衣に留まる。 そこに描かれた紋章は、レムリアが齎した資料にも記載されていたものだ。

 ―――聖剣を模した十字に身を絡ませる飛竜

「(この紋章は確か、聖アルジャベータ守護騎士団の意匠。 なるほど、見掛けで判断すべきではないということか)」

 ミュークが顎をしゃくって合図すると、背後に控えたルムファムの碧眼が淡い燐光を発する。

「へっ?―――むがっ」

 次の瞬間、アリエッタの視界は天地が逆転する光景と共に闇に閉ざされていた。 跳躍したルムファムの両脚が蛇のようにアリエッタの細首に巻きつき、ふたり分の体重を乗せて床に捻り倒したのだ。 哀れ、碌な受身もとれなかったアリエッタは冷たい床の上で目を回している。

「か、勘違いじゃった可能性も否めぬな……」

 ミュークの頬を冷たい汗が一筋、二筋と伝っていく。
 確かにルムファムの手並は見事である。 しかし、聖女の守護役がこうも簡単に打ち倒されるとは到底考えられない。 そんな感慨を抱いたミュークであったが、それは当たらずも遠からず。 アリエッタはまだ見習い騎士の身分であった。

「なっ!? アリアリになんてことを!!」

 金髪の少女が、頭の左右で結われた髪束を逆立てながら突進してきた。 どちらにしても後には引けぬ状況らしい。

「ルム、先ほども申したが、出来る限り手荒な真似は―――」

 しかし、皆まで聞かず、ひと呼吸で金髪の少女に肉薄するルムファム。 そのまま無防備に晒されたわき腹に軽く左手を添えると、物言わぬ唇が鋭い呼気を放つ。

「にゅっ!!」

 弾かれたように金髪の少女が大きく後ろに吹き飛ぶ。
 ルムファムは突きだした左腕をそのままに、無機質な碧眼を細めて前方を見やる。

「ううん……あう〜」 

 金髪の少女は小さな呻き声を洩らしながら頭を抱えて床に蹲っていた。 大股を広げた状態で尻餅をついている為に、白い太股と可愛らしい純白のショーツが丸見えである。

「ほう、ルムの攻撃を躱すとはなかなかやるのう」

 ミュークが関心したように呟く。
 その言葉通り、ルムファムの寸打が放たれた瞬間、金髪の少女は後方に飛び退いて威力を和らげていた。 東方に伝わる格闘術に“浮身”と呼ばれる武術の極意があると伝え聞くが、恐らくそれに近い重心制御を行ったのだろう。 ちなみに、勢い余って円卓の角に後頭部を強か打ちつけたのは、ただの誤算である。

「いきなりコブシで語りあおうとは……。 “じょーしき”というものがないのですかっ!!」

 怒気を孕む声、金髪の少女の足蹴りがルムファムの足元を薙ぎ払う。 猪突猛進、退くことを知らないルムファムが珍しく後方に下がる。
 ミュークが見守る中、金髪の少女とルムファムの攻防が更に続く―――両者とも、まるで神舞を舞うが如くしなやかな動きだ。 それは野生動物が本能のままに戦う姿を連想させた。

「大したものじゃな」

 ミュークは素直に感心する。
 もっとも、ルムファムが手加減していることは明らかだ。 しかし、それを差し引いても、身体能力に秀でた屍族とここまで渡り合える人間など、そうそういるものではない。 それが年端もいかぬ少女であるなら尚更である。

「(んっ、年端もいかぬ?)」

 ミュークは抱いた思惟にどこか引っ掛かるものを感じた。
 聖女シャルロットは当年、成人の儀を迎える妙齢の娘である筈だ。 冷静になれば聖女だと憶測したこの金髪の少女は、噂に聞くシャルロット・リュズレイの様相とはかけ離れていた。

「まさか……まさか、まさか―――」

 ミュークは念仏のように連呼しながら二人の少女の戦いに割って入る。 そして、左右から迫る両者の拳を交差させた掌で受け止めた。

「御免するぞよ」

 短く言うと、ミュークは突然の乱入者に目を丸くする金髪の少女に手を伸ばし、ドレスの胸元を力任せに引き裂いた。

「うにゃ!!」

 緊張感の欠如した声。 四散したドレスの内側から覗く幼い肌。 折れそうに細い首筋から、膨らみはじめた胸の谷間までが露になる。

「……やはり」

 ミュークは最悪の予感が現実になり言葉を失う。 そこに霊環アシュタリータは存在しなかった。 聖女と霊環は対なるものであり、一見してそれとわかる聖女の御璽(みしるし)である。
 聖女アルジャベータの末裔でもあるリュズレイの一族の嫡女は、生まれてすぐに霊環を首に填めることを義務付けられる。 その後、成人の儀を執り行う十六歳の誕生日を迎えるまで、霊環を外すことを許されない。 いや、外すことが適わないと例えるべきか。 霊環は聖女足り得る資質を持つ者が身に付けると、一定の因果を踏まねば外せない呪具でもあったからだ。
 どちらにしても、ここまで用意周到に準備を重ねた計画が最終段階になって、「実は人違いでした」などといった理由で納得できるわけもない。

「な、なな……、なんですかその目は! プルのおっぱいは“栴檀は双葉より芳し”で未来志向なんですからね!!」

 金髪の少女は両手で胸元を覆い隠すと、狼狽した声でまくしたてる。 どうやら、ミュークの態度が別種の誤解を与えてしまったようである。 もっとも胸と同様に頭のほうも足りていないらしい。 貧弱な胸の隆起の未来を願うなら、ここは大器晩成と擬えるべきだ。 言葉通りなら、お先真っ暗だと宣言しているようなものである。

「ムカー、この牛チチ女め! なんとか言いなさいです!!」

 金髪の少女の敵愾心は、自己主張の激しいミュークの双球にも向けられる。 大き過ぎる乳房に真逆の劣等感を抱いているミュークに対して、理不尽極まりない物言いであった。

「う、牛チチ……!? 大は小を兼ねるという諺を知らんのか! 大きい方が断然偉いのじゃ!!」

 心底を鋭く抉る罵詈雑言に、ミュークもようやく我に立ち返ったようだ。 だが、冷静さは置き忘れてきたようで、子供の喧嘩になっている。

「あーいえば、こーいう、まったく大人げないです」

 金髪の少女は地団駄を踏みつつ、大きく両頬を膨らませていた。 元々、大きな胸に憧れている分、大小の論争に関しては攻め手に欠いているようだ。

「元はといえば其方が―――くっ、まぁ……よい。 娘よ、名はなんと申すのじゃ?」

 ミュークは逆上しかけた精神を抑えつけると、多少ひび割れた声で尋ねた。

「なんですかいきなり」

 金髪の少女はさも迷惑だと言わんばかりに―――いや実際その通りなのだが、胡散臭そうにミュークを睨め付ける。

「答えるのじゃ」

 一方、ミュークは目前の少女に多大なる興味を抱いていた。
 愛らしい容姿に野生の肉食獣並みの運動能力を兼ね備え、高貴な生まれと思いきや、まるで教養が無い。 この人族の少女は相反する要素を兼ね備えた規格外の偏物だった。

「アリアリのことは、まーいいです。 でも、プルのおっぱいをバカにしたことはゆるさないです!」

「ん? プルとな。 其方はまさか……プルミエール・リュズレイ。 アダマストルの第二王女なのかや?」

 突込みどころは満載であったが、ミュークの驚きはその一点に向けられた。

「むむ、なぜプルの名前を!?」

「いや、其方が名乗ったようなものじゃろう。 しかし、恐れ入ったわ。 よもや、第二王女を囮役として利用するとは思わなんだ。 存外食えぬ輩が人族にもいるようじゃな」

 ミュークは謀れたことに憤慨するどころか、半ば感心していた。

「しかし、そうなると聖女シャルロットは陸路を選んだのか。 残念だが、教皇庁への道程内で拐かす機会は失われたようじゃな」

「シャル姉さまはプルのですから欲しくてもあげませんよ!!」

 プルミエールが鼻息も荒く殺気全開で身構える。 どうやら、琴線に触れてしまったらしい。 目の前で肉親の誘拐計画を聞かされたのだから当然と言えば当然の反応である。

「まぁ、待つのじゃ。 霊環アシュタリータさえ手に入れば、其方の姉君を害するつもりはない。 寧ろ愛でたいぐらい―――いや、なんでもない」

 ミュークは余計なことまで口に仕掛けてひとつ咳払いをする。
 もっとも、差し当たり実害はないと判断したのだろう。 商王の目的をそれと決め付けた上で口外する。 一定の説得力を持たせる為には仕方が無い。

「アシュたーにゃ……にゃ。 うみゅ、それはシャル姉さまがつけている首輪のことですか?」

 プルミエールは左右に首を傾げながら、考えるような仕草を見せている。 小さな身体が揺れる度に、胸元から覗く桜色の先端がミュークの目を惹きつけていた。

「……そ、そのようじゃな」

 よって、返答も心ここにあらずの状態。 実に厄介な性癖である。

「うみゅ。 プルをこの船から降ろしてくれたら、その首輪をあげてもいいですよ」

 プルミエールはポンと手を打つと、突拍子も無い交換条件を持ち掛けてきた。

「……ああ、そうか―――って、なんじゃと!?」

 ミュークは口をあんぐり開いたまま唖然とする。

「(どういうことじゃ? このような無益な取引になんの意味がある。 あきらかに得をするのはこちらだけではないか……)」

 ミュークはプルミエールの真意を計り損ねていた。 冗談と解釈するのが妥当ではあるのだが、目が本気なのである。 だが、例え王族であっても国宝でもある霊環アシュタリータを個人の一存でどうにかできるとは到底思えない。 なにより必然的に取引が成立するまでプルミエールを手元に置くことになる。 本人の意思で同行する以上、内から生じる問題は少ないだろうが、周囲の人間はそうもいかない。 一国の王女が忽然と姿を消すのだ。 国内のみならず大陸全土に厳重な検問体制が敷かれる筈である。 そうなれば大幅に行動が制限されることになるだろう。

「(だが、ここでこの娘を手放すにはあまりにも惜しい……)」

 ミュークは内心で抱く苦慮とは裏腹に、別の可能性も同時に考えていた。 プルミエールの利用価値である。 巧く立ち回れば聖女を誘(おび)きだす餌ともなりえる存在だ。

「いいじゃろう。 それで手を打つとしよう」

 ミュークは心中の葛藤とは裏腹に、思いの他あっさりと結論付ける。 そして、柔らかく微笑すると、プルミエールに向けて右手を差しだす。 それが人族間で用いられる友好の証だと心得ていたからである。

「うみゅ。 アリアリもついでに持っていくので良きに計らいなさいです」

 しかし、当のプルミエールは無意味に踏ん反り返ったまま偉そうに命令してきた。
 ミュークは空振りした掌を眺めて、早々に後悔をはじめていた。


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